小西遼生 生きる 観劇レポ

【感想】ミュージカル『生きる』鹿賀丈史のリアル過ぎる胃がん演技に冷や汗が止まらない

 

2020年10月日生劇場公演

 

2020年10月日生劇場公演『生きる』を観てきました。2018年の初演は観ていないので、今回初めて観た作品です。結論から先に言うと、本当に素晴らしかったです。見ていない人はぜひ見てほしい!!

 

あらすじ

もともとは黒澤明監督のもと1952年に公開された映画で、今回の『生きる』はそのミュージカル化となります。黒澤映画のミュージカル化は世界初の試みなんだとか。2018年に日本にて世界初演を迎えており、今回の2020年公演は再演となります。

ざっくりあらすじは、この通り。

舞台は戦後復興期。何の変哲もない生真面目で地味な渡辺(市村正親/鹿賀丈史)はもうすぐ定年退職を迎える年齢だった。そんな時、余命半年の胃がんであることが判明してしまう。

何十年間も遊びを知らずただ働くことだけを考えて生きてきた渡辺は、自分の人生で何もやりとげていないことに気づき絶望する。自暴自棄になった渡辺はとある小説家(新納慎也/小西遼生)と出会う。

彼は渡辺に"遊び方"を教えてやろうと夜の街に繰り出していく。ストリップにダンス、酒に女にギャンブル…夜の世界に大金をつぎ込んだ渡辺だったが、より一層虚しさが募る一方であった・・・

 

主演は、市村正親さん・鹿賀丈史さんのダブルキャスト。お二人とも御年70歳を越えてなお現役です。

そして、物語の狂言回しとしても重要な役どころの”小説家”役は新納慎也さん・小西遼生さんのダブルキャストです。筆者は鹿賀丈史さんと小西遼生さんの回を観てきました。

 

鹿賀丈史のリアルすぎる芝居

コロナ対策万全の日生劇場

 

物語のプロットが素晴らしいだとか劇中歌が感動的だとか色々感想はありますが、しかし何と言ってもまず鹿賀さんの末期ガンのお芝居が壮絶なのです。もう最初から最後まで目が離せなかった。

鹿賀さん、本当に体調が悪いんじゃないの?と本気で心配してしまいました。世に溢れる様々なミュージカル作品には病人の登場人物が数多く存在しますが、ここまで摩耗しきった人間を舞台上で観たのは初めて。それほどリアルなんです。

鹿賀さん演じる渡辺は、目に生気がなく声もくぐもっていて足腰もおぼつかない様子。一見すると本当にミュージカル作品の主役なのだろうか?と疑ってしまうような、まさしく末期がんの人間です。リアルすぎる鹿賀さんのお芝居からは、死に近い人間だけが放つ独特なオーラのようなものを本当に感じざるをえない・・・

 

ビッグナンバー「二度目の誕生日」

しかしそんな渡辺は、若く活気あふれる女性”とよちゃん”との出会いを通じて、残りの半年間の人生で何かやり遂げよう!と決意します。1幕ラストの渡辺のビックナンバー「二度目の誕生日」は物語のなかで大きなターニングポイントとなります。

鹿賀さん本当はしっかり発声したくても出来ないのでは?それともそういう演技なの?・・・と、そんなことが本気で頭をよぎってしまう中、渡辺は残り僅かなエネルギーを絞り出すかのように高らかに歌い上げます。

すると曲中、渡辺の歌声になんともいえない艶が出てくるのです。1幕ずっと喉に蜘蛛の巣でも張っているんじゃないかと思わせるようなモゴモゴとした渡辺の声に初めて活力を感じます。一人の老人が人生に潤いを取り戻しつつあることがダイレクトに伝わってくるような歌唱なのです!

それまでの渡辺はとても180cmの大柄な役者が演じているとは思えないような縮こまった人間でした。指先でツンと小突いただけでヨロッと倒れてしまいそうだった渡辺にどっしりとした重量感が増してくる。

二度目の誕生日を今まさに迎えた渡辺はミュージカルの主役として覚醒していきます。ああ、やっぱり鹿賀丈史なんだ!という気持ちが劇場中に充満するような感覚に陥ります。

 

2幕の渡辺は人が変わったようにギアチェンジ。”街に子供たちが遊べる公園をつくる”という市民たちの長年の願いを叶えようと、渡辺は動き出します。表情はほんの少し豊かになり、声に抑揚が生まれ始めます。

悲鳴をあげる身体と反比例するかのように次第と目にギラギラとした熱が籠っていく渡辺。心はまだまだ死んじゃいない、それどころかこれまでの人生の中で最も激しく燃えているかもしれない。

残り僅かな人生の石炭をこれでもかというほど投入する渡辺に目が離せなくなると同時に、演者である鹿賀さんと渡辺の姿がシンクロしていきます。決して若くはない年齢の役者さんがステージ上で命を燃やしている姿を見ていると、少し不気味なほどのリアリティがあるのです。

 

あえて王道を外す面白さ

物語は進んでいきます。末期ガンの主人公、息子との確執、公園建設の夢・・・と、くれば誰もが予想するでしょう。2幕後半ではきっと、念願の公園建設を果たした渡辺が息子と分かり合い、その末に息を引き取る感動的なシーンが必ずあるだろうなと。どれもこれもミュージカルらしい場面だな、と。

結果どうだったかというと、全部ありません。えぇーッ!?

公園建設を実現するべく仕事場で夜遅くまで懸命に汗を流す渡辺と、不気味に回り続ける時計の針。暗転したかと思えば、舞台奥から突然ヌッと渡辺の遺影が出てきます。観た人ならわかるはずですが、このシーン本当に鳥肌が立ちますよね。

そう、人の死は突然やってくる。神様は律義に事前通告してくれないのである。ということを痛感させられる演出です。

 

普通の作品なら前述したようなミュージカル映えするシーンが絶対あるはずですよ、なきゃおかしい。市民たちと手をとりあって公園の完成を喜ぶ渡辺、息子と理解しあう渡辺、感動的な言葉を残して息を引き取る渡辺・・・

そんな”王道シーン”を全部すっ飛ばした末に、最後に例のブランコのシーンがやってきます。悟りきったような渡辺の姿からは、彼が最期の瞬間なにを想っていたかハッキリとは分かりません。

主人公に辞世の句を詠ませることもさせず、しんしんと雪が舞うなかで呟くように歌いながらブランコを漕ぐだけ。末期ガンの主人公が繰り出すべき涙必須の王道シーンをあえて全部外すような展開です。

ここがなんとも日本的というか、渡辺という男の哀愁というか憐れさというか・・・。何十年もの役人生活のなかで、そそくさと定時退社する渡辺に気づく役人たちは少なかったでしょう。きっと毎日誰にも気づかれず夕暮れを背にひとり帰路についたはずです。そんな男の人生を象徴するかのような、静かでひっそりとした死に様なのです。

 

なんて小さなスケールの物語

そんな”王道展開"と真逆をたどる『生きる』ですが、ミュージカル作品としてはむしろこれ以上ないほど王道を貫く作品だと思うのです。

余命幾ばくもない人間が残りの時間をフル活用するような物語はある意味ありきたりな感動ジャンルですが、その多くは仕事を辞めて世界一周旅行に出るだとか想像もしなかったような突拍子もないことに挑戦してみるという作品が多いですよね。

1幕ラストに「私は生まれ変わろう!」と決意した渡辺が残り僅かな人生を捧げた対象は”街に公園をつくる”というなんとも地味なもの。

役人として何十年間も生きてきた渡辺は、最期の瞬間まで役人としての役割を全うします。めるくめく冒険の旅に出るわけでもなく、大金を使い果たすわけでもありません。自分の生活圏内を抜けることなく、なんともスケールの小さい実直で勤勉な挑戦です。

でもこれが良いんですよね。実際に何を達成するかはある意味どうでもいいんだと思います。重要なのは、渡辺が心から生まれ変わろうと決意し行動したこと。そして、渡辺の心の中に沈殿する息子との関係性を象徴した”公園”という存在に着目したこと。

つまり、うわべの展開の派手さではなく主人公の心の動きを大切にしてスポットライトを当てています。これこそまさにミュージカルであるはずです!

定時帰宅が当たり前だったあの渡辺が、三日三晩徹夜して公園建設の提案書をつくってみたり。役所の最高責任者にトイレにまでついてきて懇願してみたり。そんな渡辺を見ているとなんだかだんだん愛おしくなってしまうんですよね。

やっていること自体はごく普通のサラリーマンです。人生最後の時間に必死こいてやることか?と思ってしまうようなことばかり。でもこれでいい。これがいい!重要なことはあくまでも主人公渡辺の心の変化なのだから。

 

世界と戦えるジャパニーズミュージカル

そんなミュージカル『生きる』は、外国産のミュージカルが人気を博する現代のミュージカル界ではちょっぴり珍しいジャパニーズミュージカルです。

日本初のミュージカル作品は『生きる』だけでなく何作も存在しますが、正直なところ興行的に成功し続けていると断言できる作品は数えられるほどだと思います。かつ『レディ・ベス』『マリー・アントワネット』など日本が中心となって製作した大規模ミュージカルであっても、舞台や人物は外国の歴史をなぞった作品が多いことも事実です。

しかし『生きる』は一味違う。日本を舞台にした、日本人しかでてこない、日本的な慣習が詰まったミュージカル作品です。まさに純ジャパというやつでしょうか。

そして『生きる』の卓越したポイントは、ここまで日本をフューチャーした作品でありながらミュージカルとして完成度が異様に高いということだと思います。そう、とにかくミュージカル作品として面白いんですよ!

これは筆者の個人的な印象ですが、日本が舞台のミュージカル作品ってどうしてもストレートプレイに寄りがちというか・・・。たしかにストーリーも内容も感動的だけれどもミュージカルとして面白いか?と問われると、正直うーんと唸ってしまうような作品が多いのです。

『生きる』の凄いところはここです。ストーリー自体は重いはずなのに最初から最後まで音楽も演出もオシャレでいきがある。テンポがよく、ダンサブル。音楽に溢れている。どこか飄々としていて爽やかな風が常に吹いている。

心にグサッとくる作品ではありますが、決して暗い物語ではありません。むしろ命の輝きそのものを表現するような眩しさや暖かさがあります。一見するとミュージカル玄人向けの渋い作品のように見えますが、もしかするとむしろミュージカル初心者にうってつけかもしれません。

日本人なら誰しも『生きる』の世界に没入できるはずです。そして、いつかジャパニーズミュージカルとして海外に羽ばたいてほしい!

 

この作品が本当に必要な人に届くだろうか

観劇の帰り道にふと思ったのですが、この作品は本当に必要な人に届くのでしょうか。

渡辺のように何十年間もただ必死に働いて気づいたころには楽しむことを忘れていた、なんて人は現代にもたくさんいるはず。そんな人にこそ観てほしい作品であることは間違いありませんが、はたしてそんな人間は劇場なんて特殊極まりない場所にいるんだろうか?

ミュージカルを観劇しに劇場に足を運ぶようなタイプの人間、つまり決して安くないお金を日常的にエンタメにつぎ込める観客の多くは渡辺とは正反対の生き方をしているのだと思います。

現代社会の中で渡辺のような人間が『生きる』に出会うすべはあるのだろうか?と、ふとそんなことをお節介ながら考えてしまいます。

 

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