土屋太鳳さん・朝夏まなとさん主演のミュージカル『ローマの休日』の感想です。今回はダブルキャスト全員観てきました。
名作映画をミュージカル化
原作は言わずと知れた1953年公開の白黒映画の名作『ローマの休日』です。映画自体を見たことがない人はいたとしても、作品自体を知らない人はまずいないでしょう。
実は東宝制作のもと1998年に大地真央・山口祐一郎で初演しており、今回22年ぶりの再演となります。22年前の作品を再演するのも凄いですが、大地さんと山口さんが今もなお現役バリバリで活躍しているのはもっと凄い。
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♪「自由〜誓い」(『ローマの休日』):#大地真央
(写真は2000年公演より)
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【2020年公演サイト】https://t.co/Wy4mCyBQGz pic.twitter.com/qwIqkgG0IW— 東宝演劇部 (@toho_stage) August 25, 2020
そして今回は単なる再演というだけでなく、土屋太鳳さんがミュージカル初挑戦で帝劇主演ということも注目を集めています。
その影響もあってか、平日昼という時間帯にも関わらず年配の男性客の割合が通常よりもかなり多かったように思います。
キャストの感想
ここからはプリンシパルキャストの感想になります。
アン王女
主役となるアン王女を演じるのは朝夏まなとさんと土屋太鳳さんのお二人。オードリー・ヘップバーンのアン王女と比べてあーだこーだ考えるのはナンセンスなので、今回はあくまで東宝ミュージカル作品としての感想とします。
まず朝夏まなとさんのアン王女ですが、やはりとにかく美しい!スラリとした長身と日本人離れしたミステリアスなお顔立ちはまさに”異国の王女”らしさに溢れています。
元宝塚歌劇団男役トップスターということもあり、王女の役はまだ少し動きが硬いのでは?と失礼ながら予想していました。確かに完全に女性らしい立ち振る舞いかと問われると少し微妙でしたが、アン王女は恋を知らぬ19歳という設定。少女から女性へと変貌していく年頃です。
元男役だからこそ、女性らしくなり過ぎない点が上手く作用していると思います。まるで少年のようなおてんばさと好奇心溢れるアン王女にむしろぴったりとハマっています。
アン王女が最初から優雅でしっとりとした女性だったらあまり面白くないですもんね。
朝夏さんのアン王女は繰り返しになりますがとにかく美しいです。スラリとしすぎている長い手足に細い首。色白の肌にブルーのプリーツスカートと赤い靴がなんとも映えます。
オードリー演じるアン王女を見たことのある人は必ずと言っていいほど彼女の長身で華奢なスタイルと、シシィもびっくりの引き締まったウエストの細さに驚くはずです。オードリーを彷彿とさせるシーンがいくつもありました。
朝夏さんのアン王女はどこのシーンを切り取っても絵になるような絵画性があります。とくに一幕ラストの階段の上での影のシルエットの美しさときたら・・・
そしてもう一人のアン王女は土屋太鳳さん。冒頭でも書いたとおり、今回の出演がミュージカル初出演・帝劇初主演だそうです。そんなこともあってか、キャスト発表の段階では楽しみという意見の反面で批判的な意見も目にしました。
「ミュージカルの聖地とも言える帝国劇場をミュージカル無経験の役者に主演させるなんて…」という声が多かったように思います。
確かに飛び級感は否めませんが、個人的にはダブルキャストだし別にいいんじゃないの、と思っています。自分にとって特別思い入れのある作品だったらこんな悠長なこと言っていられないんでしょうけども。
で、太鳳さんは実際どうだったか?という話に戻ります。結論から言うと想像よりはるかに良かったです。
何より声質が良い!そして、往年の名作映画らしさを感じさせるような、少し古めかしい丁寧なお芝居だと思います。
朝夏さんは天真爛漫な王女といえど既に王家の人間としての威厳が見え隠れしているようでしたが、太鳳さんのアン王女は若さ弾ける奔放さが際立ちます。そのせいか、キラキラとした好奇心溢れる少女が凛とした王女へと変貌していくという物語の醍醐味にとてもマッチしているなと。
ただ、歌唱面ではかなり物足りなさを感じてしまいました。懸命に一節ずつ丁寧に歌っているのは十分に伝わってくるんだけど、何と言っても声量が心もとなすぎる。
筆者が観劇した回がたまたま調子が悪かったのかもしれませんが、高音パートで声がひっくり返ってしまっている場面もありました。
話は少しそれますが、近年ミュージカルという興行がこれまでになく注目されているということもあり、ミュージカル経験の薄いタレントや有名人が主演に起用される機会がますます増えています。
これについては永遠に賛否両論ですが、最近の筆者の考えとしては最低限、歌をしっかり歌えることは保障してほしいなと勝手ながら思ってしまいます。
ミュージカルは歌・芝居・ダンスなどの総合芸術と呼ばれてはいるものの、やはりどこまで行っても歌ありきのものであるはずです。いやむしろ、そうであってほしい。
そのため、歌以外の要素が多少おぼつかなくとも歌で感動させてくれるのであれば全然いいです。むしろウェルカムです。どんどんミュージカル界に来てほしい。
華やかかつ熾烈な芸能界を勝ち抜いてきている時点で一般人とは比べ物にならない才能が備わっているはずなのです。そのオーラは紙面やスクリーン越しだけでなく舞台上でも存分に輝くはず。
という持論と照らし合わせると、太鳳さんのアン王女は素敵ではあったけれどもミュージカルの主演としてはかなり物足りなかったかなぁ・・・
ところで太鳳さんのアン王女の場合、街で買った赤い靴はかなり高いヒールなのですね。朝夏さんの場合は映画同様にペタンコ靴でした。
たしかにブラッドレー役の加藤さんと平方さんとの身長差を考慮するとしょうがないのかもしれませんが、普段しかたなくハイヒールばかり履いているアン王女がいかにも庶民的なペタンコ靴を履いて活発なローマっ子仕様に変身するくだり、個人的にはビジュアル面でかなり重要な要素だと思ったんですけどね。
ブラッドレー
アン王女とたった一日の恋に落ちるブラッドレー役は加藤和樹さんと平方元基さんのダブルキャスト。お二人ともとても良かったです。さすがに舞台慣れしているだけあって、安定感抜群でした。
まず加藤和樹さんのブラッドレーについて。大人の色気溢れる"ちょっと悪い男"っぽさがセクシーです。
これまで筆者が舞台上で観てきた加藤さんが演じる役は、どちらかというと真っすぐで崇高な心を持った青年役としてお目にかかる機会が大半でした。そして大抵の役で自身の運命と闘い、命を燃やしてます。(ロナン、アンリ、アンドリュースなどなど)
そのせいか、今回のブラッドレーのような一般企業に勤めるわりと普通の成人男性役を演じる加藤さんはかなり新鮮に映りましたね!
観劇していてふと思ったのですが、悪巧みをするニヒルな表情とグレーのスーツ姿といい『サンセット大通り』のジョー・ギリス役とかすごい似合うんじゃないでしょうか。加藤さんのギリス、というか悪人系の加藤さんも観てみたいです。
もうすっかりミュージカル役者として安定感抜群ですよね。公演のたびに進化していく加藤さんを見るのは筆者も大好きなのです。
そしてもう一人のブラッドレーは平方元基さん。
加藤さんと比較すると、一回り近く年若いような印象を持つブラッドレーでした。エネルギーが有り余っているような感じです。ブラッドレーはダブルキャストによって結構印象が変わるんじゃないでしょうか。
例えば加藤さんの場合は、フラフラ状態のアン王女を自宅に運んだ時点で既にアン王女に興味と好意をほんの少し持っているように見えます。よくある「フッ、おもしれー女」的な。
一方で平方さんの場合はこの時点ではアン王女に対して苛立ち100%であるように見えました。パッと見の感情の起伏は平方さんのブラッドレーのほうが大きめかな?
そんなこともあり、加藤ブラッドレーは大人のラブロマンスものとして楽しめますし、平方ブラッドレーは少しラブコメ感のある物語として味わうことができます。
アーヴィング
ブラッドレーの悪友ポジションのアーヴィングは藤森慎吾さんと太田基裕さんのダブルキャスト。
ほぼアン王女、ブラッドレー、アーヴィングの3人だけで物語は進行していきますが、アーヴィングの歌唱はあまりありません。どちらかというとセリフで捲し立てるように物語を展開させていく役どころでした。
そのため、歌を期待して行くとちょっと拍子抜けしてしまうかも。
まず藤森慎吾さんのアーヴィングについてですが、結構よかったです。
藤森さんの相方のあっちゃんがリーフレットを眺めながら「役者の中にいても遜色ないね」と感想を漏らしていましたが、まさにその通りだと思います。役に扮装している姿もパっと見とても芸人さんには見えないですし、舞台上にいても浮いた感じはありません。
そしてアーヴィングは喋りがメインの役なので、藤森さんのハキハキとした滑舌の良い通る声質は本当にぴったり。歌唱はだいぶ物足りない感じでしたが、ほとんど歌わない役どころなのでさほど気になりません。
なにより、藤森アーヴィングはラストシーンの記者会見で握手するアン王女とブラッドレーを見守る姿が良い!
多くは語らずとも心を通わせながら見つめあう二人をそっと見守るシーンがあるのですが、そのシーンの藤森アーヴィングの表情のお芝居が本当に良かった。むしろ作中で一番グッときたかも。
とても演技とは思えないような慈しみに満ちた穏やかで優しい表情をするんですよね。アーヴィング自体はセリフも動きもないシーンなのに、些細な表情の変化だけで二人への気持ちをここまで表現するとは・・・!
これから観劇予定の人はぜひこのシーンは藤森さんに注目してみてほしいです。感動のラストシーンなのでどうしてもアン王女とブラッドレーに目が行きがちですが、ここの藤森さんのお芝居には目を見張るものがあります。
もう一人のアーヴィング役は太田基裕さん。
太田さんは元々は2.5次元系の舞台作品を中心に活躍されていましたが、ここ数年はグランドミュージカルへの露出が一段と強まっています。その活躍ぶりを歌づけるような安定感のある歌唱とダンスはさすがでした。
ミュージカルらしさを求めるのであればアーヴィング役は圧倒的に太田さんだと思います。太田さんが登場すると舞台が華やかで活発な雰囲気になりますね。
今回観劇中に思ったのですが、太田さんは『エリザベート』のルキーニ役がものすごく似合いそうじゃないですか?太田さんのルキーニ観てみたい。
ルキーニといえば余談ですが、アーヴィングの衣装は公開当初の扮装では白黒のインナーでしたが実際はグレーのインナー変わっていました。
アーヴィングは服に水をかけられるシーンがあるので、水でびしょ濡れになってしまったことをわかりやすくするためにグレー色にしたのかな?たしかに白黒だとちょっと分かりづらいかもしれません。
それともあまりにもルキーニすぎたからでしょうか。アン王女を刺殺しそうな扮装でしたからね。ローマ物騒すぎます。
作品全体の感想
正直ちょっと物足りない
これまでの感想で既に何度「物足りない」と書いたことか・・・そう、とにかくどこか物足りないのです。歌唱面でも演出面でも。
良くも悪くも映画っぽいつくりとでも言うのでしょうか。バーン!と歌い上げるようなナンバーもないですし、圧倒的な迫力のあるシーンもありません。
良く言えば、原作映画へのリスペクトを込めた往年の白黒映画の雰囲気がただよう優しい作品とも表現できるかもしれませんが、悪く言えばあまりミュージカルっぽさに欠ける平坦な作品だとも言えるかもしれません。
圧倒的な歌唱力で往復ビンタされるような感覚と、迫力溢れる目くるめく怒涛の展開を求めているイチ観客としてはやはりどこか痒い所に手が届かないような感覚になってしまいました。
とはいってもやはり東宝制作の大型ミュージカルです。作品が持つ上品さと美しさは際立っています。見て損した、なんて気分にはなりません。
うーん、これは好みの問題でしょう!好きな人は好きな作品だと思いますが、筆者は観ているこっちが汗だくになるような躍動感と高揚感にあふれた作品がどうしても好きです。そのため、『ローマの休日』はミュージカルとしてはちょっと大人しい印象を持ちました。
真の女王への覚醒、最高!
『エリザベート』『マリー・アントワネット』『レディ・ベス』など、東宝ミュージカルでよく見かける"真の女王として目覚めていくストーリー"ですが、『ローマの休日』にもこの要素があります。
もはや定番ともいえるカテゴリーかもしれませんが、筆者はこの手の覚醒モノが大好きです。真の君主として身も心も成熟した主人公が凛とした姿で君臨する姿は圧巻ですし、ひれ伏したくなるような圧倒的なオーラを放つ女優さんの迫力は何度拝んでも拝み切れないほど尊いものです。
原作の映画もそうですが、その後アン王女は君主としてどのように成長していったのか?という想像の余地がある終わり方をするのが良いですよね。
可愛らしい田舎娘が健気に恋するような素朴な物語もそれはそれで素敵ですが、やはり女王覚醒モノのミュージカルは何度見ても良い!
ミュージカルはテレビや映画のように媒体を通さない利点があるので、女王を演じる女優の圧倒的なオーラが劇場中を支配するような感覚に陥るのが最高なのです!
『ローマの休日』はチャーミングで美しい王女が恋に落ちる物語として観ても十分面白いですが、王家に生まれた一人の女性が君主として目覚めていく過程を目撃してしまう物語としても観るのもまた面白いのではないでしょうか。
◆おまけ
オリエンタルラジオの公式Youtubeチャンネルで今回の出演についてお話されていました。面白い動画だったので気になる方はぜひ!