2020年秋の帝劇公演『Beautiful』を観てきた感想です。主人公は平原綾香さん・水樹奈々さんのダブルキャストですが、筆者は平原さんの回を観てきました。
※ストーリーに関するネタバレはありません。
もくじ
ミュージカル『Beautiful』とは
1942年生まれの実在するアメリカのシンガーソングライター、キャロル・キングという女性の半生を描いた作品です。ちなみにまだご健在です。
当時のアメリカでは「女性が作曲をするなんておかしい。作曲は男性のもの」という価値観が存在していました。そんな逆風にも負けず、若き女性であるキャロルが作曲家として業界の中で勝ち上がっていく作品です。
タイトルの『Beautiful』は彼女の楽曲の名称です。本作は2017年に日本初演を迎え、今年の2020年公演はプリンシパルキャスト変更なしでの再演です。
最高レベルの歌唱力の集結
なんといってもまずこれでしょう!とにかく歌が上手い人しかいない。アンサンブルからプリンシパルまで端から端まで全員歌唱力が高すぎる。ミュージカル界のボスラッシュですよ、これは。
最近のミュージカル作品、特に東宝プロダクション制作の作品はミュージカル初挑戦の役者をプリンシパルに抜擢することも多いこともあって、一人くらいは「ん?」と耳を疑ってしまうような歌唱力の人物がいることもしばしばです。
『Beautiful』ではそんな心配一切無用!聞こえてくる歌声全てが美しくてパワフル!
でも本来はミュージカル作品すべてがこうあるべきなんでしょうね。ここまでノーストレスで鑑賞できる作品もなかなか珍しいと思います。それくらいハイレベル。
ハマり役しかいない配役
配役も素晴らしかったです。歌唱力を誇るメンバーというだけでなく、役の人物像にマッチしたキャスティングだと思います。
プリンシパル数名について詳しく書いていきます。
平原綾香(キャロル・キング)
主人公・キャロル役は平原綾香さん。もちろんテレビで歌声を聴いたことはありましたが、実に生で聴く価値のあるシンガーです。とにかくパワーがすごい。いや、エネルギーと表現したほうがよいでしょうか。
平原さんの大ヒットソング『Jupiter』が流行ったときに「母なる大地を感じさせる歌声」という批評を見ました。何言ってんだ?と当時は思っていましたが、まさにその通り。大自然を感じさせるような神秘的な声です。
ハイトーンボイスを出せる女優さんはたくさんいるんですが、どうしてもキンキンと甲高い声に聴こえてしまうことが多いんですよね。一方、平原さんの歌声は急上昇するというよりも、土に根差した大きな樹が天までじっくり成長していくようなイメージ。
自分で書いてて何言ってんだと思ってきましたが、本当にそんな感じなんですよ。スピリチュアルな世界に入り込まざるを得なくなる。
どうしても歌唱の感想が多くなってしまいますがお芝居もとても好きです。キャロルに合ってますよね。もっと色んなミュージカル作品に出演してほしいなあ。
伊礼彼方(ジェリー)
キャロルの夫であり仕事のパートナーでもあるジェリー・ゴフィン。彼もまた実在の人物です。演じるのは伊礼彼方さん。
伊礼ジェリーは筆者の2020年ハマり役ランキングの一位になりそうです。厳しい業界の中で段々と心のバランスを崩してしまう演技は鬼気迫るものがありました。
大きな声で激高したり分かりやすく発狂するシーンもないにも関わらず、目つきや言動だけで不安定さを表現できるのは素直に凄い。一見すると陽気な人間にみえても根底の部分がフラフラとしている雰囲気とでも言うんでしょうか。そこが実にリアルだなと。
ジェリーはただの浮気性プレイボーイではなく、その一つの対象が”女性”であっただけで常に何か違うものを求めてしまう脆さがあるのだと思います。そんな彼の人間性の根幹の部分を感じさせるお芝居でした。決してうわべではなく。
中川晃教(バリー・マン)&ソニン(シンシア・ワイル)
中川さんとソニンさんはキャロルとジェリーの良き仲間でもある同業界のライバルコンビです。
まず中川晃教さんについてですが、この役はなぜ中川さんが抜擢されたのだろう?ちょっと不思議な感じがします。
中川さんは劇場のド真ん中で「これから俺が歌うぞーッ!」と叫ばんばかりにセンターに鎮座している印象があったので、今回のバリーのように作品をそっと支えるような役柄は少し珍しいんじゃないでしょうか。
しかし決して役柄が合っていないというわけではなく、むしろ気配り上手で謙虚な中川さんらしさ溢れるバリーだと思います。でもやっぱりもうちょっと歌を聴きたかったかな。
そんな中川バリーとコンビを組むシンシア・ワイル役にソニンさん。
探せばどこにでもいそうな気丈で暖かいキャリアウーマン。シンシアのような役を演じるソニンさん好きだな~!
普段のミュージカル作品では革命に命燃やしたり夜な夜なダンスを止められなかったり、もうとにかく頭に血がのぼりやすい激情型の女性の役が多いですから。
今回のソニンさん、あんなに歌が上手くて存在感もあるのに、主人公であるキャロルより目立とうとしない少し控えめなお芝居が大好きだな。成熟した大人の女性であるシンシアそのもの。
アンサンブルも見ごたえあり
本作はアンサンブルもハイレベルというだけでなく、アンサンブルたちだけで大いに盛り上がるシーンが何度もあります。
キャロル&ジェリーとバリー&シンシアが楽曲を制作し、それを実在の歌唱グループに扮した役者が実際にパフォーマンスする、という流れを繰り返すことで物語は進行します。
そして、この実在のグループをアンサンブルさんたちが見事に演じています。
筆者はアンサンブルにもスポットライトが当たる作品が大好きです。アンサンブルが構成し、アンサンブルが盛り上げ、アンサンブルに拍手喝采が送られる。そんなシーンのある作品はミュージカルファンとしては大興奮してしまいます。
人にオススメ…は実は難しい作品かも
極上クオリティ、最高のキャスト陣。ハイレベルな作品であることは疑いようもない事実ですが、ミュージカルを観たことがない人にオススメできるか?と問われると正直ちょっと厳しいです。
うーん、こういう例えが合っているかわかりませんが、なんだか精進料理みたいな作品なんですよね。
一品一品が極上の出来栄えで減点のしようがなく、かつ健康的なお食事であることは間違いないんだけど。これから焼き肉と精進料理どっちが食べたいかと聞かれると、胃もたれする未来が予想できてしまう焼き肉のほうを選んでしまうような感じ。
綺麗すぎるのかな。もしくは整い過ぎている?もっと毒や辛味のようなパンチを求めてしまいます。100点満点で毎回100点なんだけど、120点を叩き出すわけではないというか。
とはいえ、繰り返しになりますがハイクオリティな作品であることは間違いありません。ミュージカルの根幹を支える肝となる部分は豪華な舞台セットでも演出でもなく、紛れもない”歌唱”であるということを改めて実感させられます。
キャロル・キングのベストアルバム。キャロルを知るならまずはこれから…というアルバムらしい。