ミュージカル『ラ・マンチャの男』
初演からこれまで松本白鸚さん主演で2019年の今年、50周年記念を迎える作品。なんと御年77歳。
タイトルロールである「♪我こそはドン・キホーテ」という楽曲は、ミュージカル俳優たちのコンサートやライブで、何度も披露されています。
そのため「作品自体は観たことがないけれども、この曲だけは知っている」という人が多いはず。
私もその一人でした。
でもずっと気になっていた。なぜこの作品が50年間も上演され続けているのか。
販促動画を見た。
地味だし、つまらなそうだし。ハッキリ言って全く面白そうに思えない。
でも50年も上演されているには、それなりの理由があるのだろう。そう思って、ついに観て来た。
結論から先に書くと、終演直後こう思った。
こりゃ50年も上演されて当然だ
私と同じように、ミュージカルファンの中にも「なんでこの作品が50年も続いているの?」と疑問に思っている人がいるはず。
そんな人に読んでほしい記事です。
もくじ
まずは作品紹介
『ラ・マンチャの男』ってどんな話?という人向けにざっくりと説明します。
簡単に説明すると、かの有名な『ドン・キホーテ』という小説を書いたセルバンテスさんの獄中での話。実在の人物です。激安の殿堂ではありません。
セルバンテスさんはとある理由で投獄されてしまうのですが、20数名ほどの獄中の罪人たちと「自分が作ったお話で即興劇をやろう」と提案します。
その即興劇の中の主人公はアロンソ・キハーナという男。
この男、本当は田舎のじいさんなんだけど自分は「ドン・キホーテという名の騎士だ」という妄想に取りつかれて生きている。
牢獄で罪人たちと即興劇を繰り広げるセルバンテス。
セルバンテスが書いた小説の主人公アロンソ・キハーナ。
アロンソ・キハーナが空想する騎士ドン・キホーテ。
つまり、三重構造の劇中劇になっているんです。
「三重構造?ふーん」くらいにしか思っていなかったのですが、物語が進んでいくうちにこの三重構造がいかに逸材であるかがジワジワとわかってくる!
『ラ・マンチャの男』という作品は、現実世界のセルバンテスと罪人たちの世界。そして小説の中のアロンソ・キハーナたちの世界。
この2つの世界が同時進行していきます。
異様な雰囲気の帝国劇場
帝劇に入ってまず最初に思ったことは、なんだかいつもと雰囲気が違うぞ、ということ。
まず、劇場内の横断幕がない。
そして、劇場のいたる箇所に『ラ・マンチャの男』という作品の50年の重みを感じるようなモニュメントの数々。
舞台セットの模型もありました。
近づくと本当に劇場の中で撮影しているみたいな精巧さ。
多少値は張っても、人気作品の舞台セットのミニチュアって結構売れそうとか思ったり。レミゼのバリケードとか。
観客の年齢層はいつもの作品ラインナップより15歳ほどは上がっているように感じた。
そして、男性客がかなり多いです。
プリンス俳優たちにキャッキャするマダムたち・・・という雰囲気とは違う、なんだか道場のようなオーラが漂っている。
そして、プログラムは50周年記念版ということで、かなり豪華。各界の著名人からコメントが寄せられています。
井上芳雄に松たか子・・・ふむふむ。小泉純一郎に松井秀樹・・・
え゛!?こんな人まで!?という数々の有名人からもコメントが。かなり読み応えあります。
上演時間がちょっと特殊
上演時間は休憩なしの125分。
帝劇のミュージカルといえば途中20分ほどの休憩をはさんで計3時間の作品が多いので、筆者はかなり短く感じました。
休憩がないので、お手洗いは開演前に絶対に行ったほうがいいです。
平日6時開演であれば8時過ぎには劇場を出れるので、気軽に観れて意外といいかも?
感想!
松本白鴎の演技力よ・・・
『ラ・マンチャの男』は松本白鸚の、松本白鸚による、松本白鸚のためのミュージカル。
というイメージがありました。
実際のところ、この通りだと思います。もちろん、限りなく良い意味で!
上手いこと文章にできないことが本当に歯がゆいんだけど、松本白鸚さんは本当にスゴい。スゴいとしか言いようがない!!
終演後、ロビーでマダムたちが「松本さんはやっぱり芝居の人ね」とお話していましたが、まさにその通りだと実感。
松本さんが作中で演じるセルバンテスやアロンソ・キハーナがだんだん本物に見えてくる。
目の前で繰り広げられている出来事が実際にいま起きている現実のような錯覚に陥りそうになる。
単純に幕間のないぶっ続けの作品だから、他作品と比較してのめり込みやすいということもある。でもそれ以上の、ただならぬ吸引力のようなパワーを感じた。
一般的にミュージカル作品というものは、プリンシパル、アンサンブル、オーケストラ・・・などなどありとあらゆる関係者たちがそれぞれピースを持っている。
ピースの大きさや位置は人によって大小あれど、そのピースを額縁に嵌めていくことでひとつの作品として仕上がっているものだと思っています。
でも『ラ・マンチャの男』という作品は全く違う。
松本白鸚という名の額縁に、松本白鸚のピースを、松本白鸚が埋めていく。
これは決して「松本さん以外の関係者が何も役割を果たしていない」という意味ではないです。
でもそうとしか形容できない程に松本さんが異常なまでに強大な存在感を発揮する作品であることには間違いない。
「この主演あっての作品だね」と思うことは多々あります。花總まりによる『エリザベート』とか、中川晃教による『ジャージーボーイズ』とか。
しかし『ラ・マンチャの男』ほど、たった一人の役者が作品そのものを飲み込んでしまっているミュージカルは存在しないのではないでしょうか。
もはや77歳という老いすら魅力。人類の永遠の敵である老化現象すら味方につけるとは。
シンプルで単調、しかし名作
で、作品としての面白さは?と言うと。
ハッキリと書くと、きっとミュージカルとしてはつまらないです。いや、本当に。
派手なダンスも歌もなければ、セットも衣装も地味で平凡。
エンターテインメントの髄を極めた「ミュージカル作品」として捉えるならば、これ以上なく退屈な作品だと思う。
じゃあ、ミュージカルミュージカルした作品が好きな観劇ファンにはつまらなく映るのか?と言われると、実はそれも言えない。
たしかに単調で古臭いんだけど、「地味だからつまらない」なんてくだらないことを言わせないだけの圧倒的な威厳とパワーのある作品であることは間違いない。
若干矛盾めいたことを書いてしまいました。
ちなみに私は前述したようなミュージカルミュージカルしたキラキラした派手な作品が好きです。
でも、その対極に位置するはずの『ラ・マンチャの男』にめちゃくちゃ感動してしまった。ラストは涙が込み上げてきた。
次から次へと、心にグサグサくる
この作品の見どころの1つとして、よく「名言のオンパレード」と表現されます。
名言の多いミュージカルなんて世の中にたくさんあるじゃない。名言っていうか、説教臭いセリフじゃないの?
と、少し斜に構えていた。
「事実は真実の敵なり」
「現在の自分を愛するのではなく将来の自分を愛するのだ」
「人生自体がきちがいじみているとしたら、では一体、本当の狂気とは何か?
本当の狂気とは。夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。
現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。
だが、一番憎むべき狂気とは、
あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことだ」
文章だけで読むと、なんじゃこれ?と思うかもしれません。
いやしかし、上演中に松本白鸚さんにこのセリフを語られると胸にグサグサとくるものがある。
普通のいわゆる”名言”って、感動したり勇気づけられたりするプラスの力があるじゃないですか。
『ラ・マンチャの男』の中に登場する名言たちは単純に感動するようなものではなく、心臓を握られるような、ある種の不安や恐怖を感じる類の言葉なんです。
「あぁ~、良い言葉だ」なんてしみじみしている暇がない。ギクっとしてしまう。
アロンソ・キハーナという老人は自分が騎士だと思い込み妄想している男。風車を巨人だと言い張り、宿屋を城だと騒ぎ、あばずれ女を姫だと思い込む。
だから、行く先々で問題ばかり起こす。申し訳ないけど、ボケた徘徊老人そのもの。
でも物語が進むにつれて、このボケた老人の呆れるほどまっすぐな人生哲学と騎士道精神に惹きこまれていく。人としてあるべき姿を追い求める姿がかっこよく見えてくる。
そして気づく。自分の人生に照らし合わせてしまって、自分はあるべき人生の姿から逃げて生きているんじゃないか?と、ギクっとしてしまう。
豆知識
激安の殿堂ドン・キホーテは、既成の常識や権威に屈しない彼の姿に感銘を受けて、多様な変化に毅然と立ち向かう新たな流通業界をつくりあげるという願いのもと、名づけられたそうです。
子供の頃は何か悪いことをすると、親や周りの大人たちが本気で叱ってくれたし、真剣に自分のことを考えてくれた。
大人になるにつれて、だんだんそういう人が周りからいなくなる。いつの間にか本当の自分を見せることがなくなっていって、膜や殻で覆われてしまう。
その殻に大パンチ!なーにやってんだお前!ナマ言ってんじゃねぇ!と心にストレートにぶつかってくるセリフの数々。
でも、決して説教臭いわけじゃないし、耳が痛いわけでもない。
ただただ、自分の人生のあるべき姿ってなんだっけ?という自問を誘発するような力があるのです。
人生の節目節目にみるべき作品かもしれない
前述した通り、あるべき人生の姿を追い求める騎士道精神をこれでもかというほどぶつけてくる作品。
だから、「本当にこれでいいんだろうか・・?」と何か迷っていることがある人はぜひ観るべき。
本当は自分が真に歩む道じゃないことはわかっている、でも折り合いをつけていくことが大人だ。そんな風に思っているならば、アロンソ・キハーナが首根っこ掴んで元の道に戻してくれる。
『ラ・マンチャの男』は人生の教科書だ、とよく言われます。
本当にその通りだと思う。いや、むしろ全人類の親みたいな作品だ!
この作品が50年も続く理由がよくわかる。一度でも観た観客は「また数年後に見たい」と思って数年後に本当に劇場に足を運ぶ。
その繰り返し、積み重ねの50年間だったのだと実感した。
絶対に観たほうがいい
動画を見る限り全然面白そうに思えない・・・なんで50年も上演してるの?
と少しでも疑問に思っているならば、絶対に観たほうがいい!!
いや、疑問に思っていなくても観たほうがいい!
派手さもなければ、複雑な人間関係もない。
シンプルで地味な作品。でも超名作。観ればその理由は絶対にわかるはずです。
色々と書いてきたけど、この記事で言いたいことはただひとつ。
とにかく観て!!!!
おまけ。
自分が聴いたことのある中で最強の「♪我こそはドン・キホーテ」は新妻聖子さんのライブ音源。
め~~っちゃくちゃかっこいいですコレ。超オススメ。
石丸幹二さんバージョン。なんだか西部劇っぽい勇ましさ。