加藤和樹 小西遼生 中川晃教 柿澤勇人 フランケンシュタイン

答えを見出した加藤怪物と探し続ける小西怪物 │ 物語の結末後、ビクターはどうなったのか

 

初演の2017年1月は本当に雪降ってたなあ・・・

 

2020年『フランケンシュタイン』再演、東京公演はすでに終盤に突入しました。早いですよね。

ダブルキャスト作品の場合はキャストによって受け取る印象が違ってくることが魅力の一つですが、フランケンの場合はどちらのキャストで観るかで解釈が本当に変わってくる!

 

今回ピックアップするのは怪物役の加藤和樹さんと小西遼生さん。このお二人の違いが顕著に出るシーンは、「傷」から終演までの約10分間であると思っています。本記事では二人の怪物のラストシーンについて。そしてもう一つは、ビクターは物語の後どうなったのか?という話。



 

答えを見つけた加藤怪物、探し続ける小西怪物

2幕終盤の「傷」から最後までの一連のシーンの中で、筆者が感じる怪物二人の違いを一言で表現するならば、世の中への疑念や憎しみについて怪物なりの答えを見出せたか見出せなかったか。この違いです。

 

まず加藤さんの怪物について。

加藤怪物の場合、「傷」以降のシーンからはなんだか人が変わったように穏やかですよね。少年と話しているときはアンリを彷彿とさせるような豊かな表情すら見せます。それまでの怪物とは雰囲気がガラッと変わる印象。

俺は北極へ行くとビクターに告げてから実際に北極で対峙するまで、どれくらいの時間が経っているのだろう。数か月?1年?正確にはわかりません。しかし怪物はこの期間で、彼を苦しめたこの醜い世界に対する疑念や苦悩について彼なりの真理や答えを見出せたのでは、と思うのです。

 

 

加藤さんのアンリって、根はものすごく明るくて好奇心旺盛だったんじゃないかと思わせるような気性があると思うんです。それが怪物になった後も実は根底の部分にちょっぴりと残っていて。

 

北極に向かう道中で、きっと色々なものに触れてみようとしたんじゃないかな。様々な人を見て、感じて・・・

その過程の中で何度も何度も思考を繰り返した結果、この世界の不条理さや道理に対して彼なりの答えをなんとなく導き出したのだと思います。「傷」以降の加藤さんの怪物って、何やら真理にたどり着いたような達観した表情なんですよね。

 

だから北極でビクターと対峙している時点では既に、悟りの境地に達した怪物にとってビクターは憎むべき対象から憐れむべき対象に変化していたのでは?

憐れで愚かな創造主に終わりを与えてやろう、という一種の余裕すら感じるんですよ。絶命したあとも、どこか満足そうな表情をしているな...と感じる回が多いんですよね。

 

 

一方で小西さんの怪物は北極にたどり着いた時ですら、彼を虐げたこの世界に対して納得もいっていないし理解もできていない。達観どころかリアルタイムで答えを探し続けているように思えます。ビクターと最終対峙することでその答えを見つけようとしていたのかもしれない。

 


上手く表現できないんだけど、小西さんの怪物ってなんだかずっと心が子供のままのような感覚になるんですよね。決して幼稚という意味ではなくて。愛情やスキンシップを得られなかったがゆえに心の成長まで止まってしまった人ってリアルの世界でもいるじゃないですか。

 

だから、最後に「ビクターッ!!」と張り裂けそうな大声で叫ぶシーンは「自分が生んだ存在に対して責任を持て!最期の瞬間まで俺の姿から絶対に目を離すな!」と、自分を捨てた”親”に対して泣きそうになりながらも必死に訴えているように見えてしまって・・・

ジャックの「思春期」という一見ふざけた比喩は、ある意味しっくりくるんです。北極までの道中で様々なモノに触れた加藤怪物とは逆に、小西怪物の頭の中は”親”であるビクターのことで満ちてしまっていたんじゃないかな。憎たらしい親のことを考えたくないと思えば思うほど考えてしまって苦悩する思春期そのもの?

 

彼なりの答えを見いだせた加藤怪物と、ビクターと再会する瞬間までずっと探し続けていた小西怪物。同じ役といえど受け取る印象はかなり違う。再演でさらにハッキリとした違いを感じるようになりました。

 

 

2人を包み込む吹雪

話は少し変わりますが、

「わかるかビクター。これが俺の復讐だ」と言い放ったあとに吹雪のSEの音量が大きくなるシーン、めちゃくちゃ好きです。このほんの数十秒間が、約2時間半のフランケンでいちばん悲しくなる。

 

吹雪のSEの後に『偉大なる生命創造の歴史が始まる』と同じメロディが流れます。メロディ自体は全く同じですが、1幕ラストでビクターが歌っていた時と同じ楽曲と思えない程、印象が大きく違います。

ただ切なげで物悲しいだけじゃなくて、惨めなビクターを憐れむような非情で空虚な旋律に聞こえてしまう。

 

1幕ラストの『偉大なる生命創造~』では、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、己の野望や思考そのすべてに自己陶酔していていたのに。これから創り出す新たな未来に対する興奮を抑えきれていないみたいな高揚ですよね。

その時と同じメロディが、自らの選択で全てを失って空っぽになって、自分もこの後息絶えていくしかない人生のあっけない最期の瞬間にまた流れる。生命創造どころか全員死んでしまったじゃないか!

 

作品の音楽そのものすら惨めなビクターを皮肉っているようで・・・悲しいとも虚しいとも言えない気持ちになってしまう。

 

 

物語が終わった後、中川ビクターはどう動くのか?

 

物語の結末のその後の世界を想像するのは創作物を楽しむ醍醐味の一つですよね。ああなったんじゃないかな?こうなったんじゃないかな?と、様々な選択肢と可能性を考えることが楽しい。

『フランケンシュタイン』のその後の世界の想像は大きく2択に絞られます。ビクターと怪物はあの後、生き延びたのか?ということ。

 

2017年初演のときは筆者はこう考えていました。

柿澤ビクターは怪物を抱えたまま泣き叫び続けて、体が重なるように二人とも絶命してしまう。一方、中川ビクターなら怪物となんとか生き残って関係を修復する道が0.1%くらいはありそう。

 

柿澤ビクターのその後の想像は再演時も変わりませんでしたしが、中川ビクターに対する考えは大きく変わってきています。というのも、中川ビクターはもしかしたらあの後また怪物を蘇らせようと奔走するのでは?と感じてしまっている。

 

初演の時は、中川ビクターは柿澤ビクターよりもずっと社交性があって、根底は愛情深い人間なんだろうと思っていたんです。”亡霊”さえ無ければ、きっと普通の青年として生きていけたのでは?と。

でも再演を見て全く印象が変わりましたよ。中川ビクターってもしかして、過去とか関係なく根っからの異常者だったのでは・・・?

 

 

 

間違いなく天才なんだけど悪い意味で浮世離れしていて、目を離した隙に一線超えてしまいそうな危うげな雰囲気がある。本人も気づいていないけれどエレンやジュリアなど彼に理解ある人にすら潜在的にはどこか常に苛立いらだっていて。神経質で、とことんセンシティブ。本当の意味で人の愛情や気持ちが理解できない。

ビクターが葬儀屋を石で殴ったときも、柿澤ビクターの場合はまさに”キレた”という表現がすごくしっくりくるんだけど、中川ビクターの場合は、単純にただキレただけじゃない彼の中に眠っている生れながらの獰猛さみたいなものを再演で感じるようになって。

 

 

話は「ビクターは物語の後どうなったのか」という点に戻ります。前述したとおり中川ビクターは怪物を蘇らせようとするんじゃないかな。(実際は装置どころか何もない北極にいるから不可能なんだけど、彼の意志という意味で)

中川ビクターは結局、懺悔だの後悔だの表面的には自分の愚かさを理解したようなフリをしているけど、生命創造への欲望は結局彼には一生抑えられないのだと思います。

自らの手で親友を銃殺してしまったことすらもしかしたら”神から与えられた試練”くらいに思ってるかもしれない。どこまでもナルシストで偽善者ですよね。中川ビクターのラストの表情は、この期に及んでまだ何か狙っているようなタチの悪さを感じるんですよね。

 

結局、最後の最後まで真の意味では反省も後悔もできなかったビクター。これ、筆者が考えるビクター像にめちゃくちゃぴったり合うんです。だから再演の中川ビクター大好きなんですよね。

 

公式回答がないからこそ面白い

再演を観ていて改めて思います。相変わらずトンチキで変な作品だなあと(笑

フランケンシュタインの大きな特徴の1つは余白の多さ。それを無限の考察の余地と捉えるか、説明不足と捉えるか。そのどちらかでこの作品の好き嫌いが決まると思っています。別に後者の人に対して想像力がないだとかわかってないだとか言うつもりはありません。だって本当に初見殺しですからね。

 

でも筆者としては、ここまで観る人に解釈を委ねるってなかなかできたもんじゃないと思うんですよね。収益第一の興行作品でやるにはものすごく勇気のいることだなと。

一歩間違えれば役者が良いだけの暗くて残酷な作品になりかねないですよね。塩梅が絶妙すぎる。個人的には、こういう作品がもっとあってもいいんじゃないかな?と思います。今ならネットで簡単に他の人と意見を交換したり、考察を共有しあったりできるんだし。

 

そんなフランケンも2020年再演の東京公演が終盤に差し掛かった今、最近は再再演しないでほしいかもと思ってしまう。この4人のプリンシパルの『フランケンシュタイン』のままでいてほしい。完成したままでいてほしい。観劇中、ふとした瞬間にそう感じることがあります。

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