ダンス・オブ・ヴァンパイア

「抑えがたい欲望 」ミュージカル史に残る最高の独白 │『ダンス・オブ・ヴァンパイア』

2019年11月22日

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』2019年公演@帝国劇場

 

「抑えがたい欲望」とはミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』に登場する楽曲です。

筆者はこの曲が本当に好き。数多くのミュージカルナンバーの中でも上位にランクインする曲です。

 

現在、帝国劇場にて『ダンス・オブ・ヴァンパイア』が上演されています。

先日、あ~~やっぱりいい曲だ・・・としみじみ思いました。

 

しかし、ミュージカルの名曲は?と聞いて、この曲を挙げた人を見たことがありません。ましてやテレビどころか、ミュージカルコンサートですらほぼ披露されることはありません。

 

そう、実はマイナーソングなのです。

 

こんな名曲中の名曲が2軍扱いされているのはもったいなさすぎる!

ということで、本記事では「抑えがたい欲望」がいかに素敵な楽曲であるかを書いていきます。

 

 

「抑えがたい欲望」ってこんな曲

✦ダンス・オブ・ヴァンパイアの終盤に披露される
✦主人公・クロロック伯爵のソロナンバー
✦伯爵の心情をダンスで表現する”ヴァンパイアダンサー”
✦7分もの長大曲!

 

『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の主人公・クロロック伯爵は何百年も生きるヴァンパイア。

この曲が披露されるまでは見た目も雰囲気も人間離れした不思議な存在として登場していますが、彼の中にも感情があったことが初めてわかる重要なシーンです。

 

ミュージカルの中ではかなり異色の楽曲

ミュージカルには必ずと言っていいほど、どの作品にも主人公のソロナンバーがあります。

 

主人公が歌う有名ソロナンバー例

・『エリザベート』の♪私だけに
・『ジキル&ハイド』の♪時が来た
・『レ・ミゼラブル』の♪独白
・『ノートルダムの鐘』の♪僕の願い

 

これらの曲を含め、主人公のソロナンバーには共通点があります。

 

・何かをしたい!orしたくない!という行動意欲
・未来に向けた比較的ポジティブな歌詞
・誰かへの強い気持ち(自分自身を含む)
・誓いや自戒の念がある

 

「抑えがたい欲望」もこんな曲なの?というと、なんと1つも当てはまりません!ワォ!!

本当に異端な曲なんですよね。

 

 

歌詞

月は隠れた 光なき夜が来た
この静寂見えるものは
独り私の苦悩の影だけ

煌く空を見ていた 遠い夏あれは確か
1617年 一人の娘を愛した
温かい頬に触れた 輝く髪に口付けた
その時 悲劇は起きた この手の中

何も知らぬ娘は微笑んでいた
なのに何故かその命奪っていた

求めすぎるのか 奪っては失う
何一つ残らないまま
今日も得られぬ 何かを求め続けている

永遠の幸福など この世にはない
永遠に満たされない苦悩しかない

いつの日か世界が 終わるその時
残るのは尽きることのない
欲望の海

虚しく 果てしない
欲望の闇

1730年
牧師の娘に会った
白い肌に詩を書いた真っ赤なその血で

1813年は
ナポレオンの供の者
次から次求めて また失う

世界中の全てを理解しても
この私がわからない 自分でさえ

自由にもなれず 燃え尽きることも出来ず
天使でも悪魔でもない
なのにひたすら愛する者たち引き裂く
虚しい存在

苦しみに耐えるための 希望すら無く
渇ききった胸は 飢え続ける

ある者は人間や愛を信じる
金や名誉 芸術 勇気を信じる
そして神を信じるのだ
ただ素朴に 奇跡や罪や罰を信じる

だが違う

真実は一つだ
そう 卑しく恥ずべき欲望こそが
我らの支配者

今こそ ここで 予言をしよう
尽きない欲望こそが
この世界で 最後の神になるのだ

 

 

ヴァンパイアである伯爵の独白ソング

この曲のテーマは、何百年も生きるヴァンパイアの孤独や虚しさ。

 

何かを成し遂げたい!こんな風になりたい!という未来に向かった意志のようなポジティブな想いは全くありません。かといって、ヴァンパイアであることを激しく嘆いているわけでもありません。

 

不死の存在であるヴァンパイアとして生きる伯爵が導き出したこの世の理を、伯爵が遭遇した数百年の間の出来事とともに語られます。

それまで人外としてミステリアスなオーラをまとっていた伯爵が、このシーンで初めて人間らしさを垣間見せます。大昔に閉じてしまった心の奥底をひっそりと見せてくれるんですよね。

 

 

普通、ミュージカルにおけるソロナンバーは3分~4分程度ですが、この曲は7分弱あります。

この異例の長さこそ、まさに”永遠”を示すメタになっているのだと思います。

 

 

ここまで情景が目に浮かぶ曲はない

 

きらめく空を見ていた 遠い夏あれはたしか 1617年、ひとりの娘を愛した

 

もう、この出だしが最高すぎる。これほど人を惹き付けるセンセーショナルな1節、他にあるだろうかとすら思ってしまう。

 

ヴァンパイアからイメージするものといえば、おどろおどろしいメイク、真っ黒な恰好。鋭い牙や真っ赤な血、真っ白すぎる不気味な肌・・・

などなど極めてダークでスリリングな世界観でしょう。

 

しかしそんな期待を裏切って、切ないピアノの旋律に乗って伯爵の口から飛び出た言葉は”きらめく空”と”遠い夏”

 

目の前で歌っている伯爵の姿からはとても想像できないようなまばゆい光景。ヴァンパイアである伯爵が晴れ渡る爽やかな空の下で過ごしている?全然想像ができない。ものすごい違和感に襲われます。

そこでハっとします。違和感の正体は、まるで古ぼけたアルバムをそっと開くような心地よいノスタルジーなのだと。

 

この1節が流れた瞬間、劇場の観客たちの集中度がより一層グっと高まる空気みたいなもの感じません?少なくとも筆者は初めて聞いた時、おぉ・・・と胸にくるものがありました。

なんだこの曲?これまでとはちょっと違うぞ。と空気が一変する感じがするんですよね。

 

劇場にいる観客すら石とか草とかになってしまって、本当に伯爵がただひとりで独白しているような錯覚になります。観客すらいなくなるような感覚に陥る曲はそうそうない。

 

墓場でひとり、棺にちょこんと腰かけて呟くように歌う伯爵。

伯爵が生きてきた人生とともに、伯爵なりの人生哲学が歌われていきます。

 



 

 

「欲望」への人生哲学

前述したとおり、この曲は不死の存在として生きるヴァンパイアのどうしようもないやるせなさを歌った曲です。

音楽なのにまるで本を読んでいるような不思議な感覚になる楽曲でもあります。

 

一方、この曲のひとつ前の曲は、血に飢えた大量のヴァンパイアたちが墓場で激しく踊り狂う「永遠」というハードなナンバー。

このヴァンパイアたちが去っていったあと、墓場に一人ポツン現れた伯爵が静かに歌いだすのが「抑えがたい欲望」なのです。

 

よくよく考えてみると、「永遠」で血を求めて踊り狂うヴァンパイアたちも、「抑えがたい欲望」を歌う伯爵も同じヴァンパイアであるはずなのに、どうも伯爵は冷静極まりないご様子。

これなんでだろう?と思っていたのですが、伯爵は他のヴァンパイアたちよりもずっと長く生きていているはずなので、もしかすると達観の域にまで到達してしまったがゆえの物静かさなのではないかなあ。

 

伯爵も昔は「永遠」で登場するヴァンパイアたちのように激しく苦しみ葛藤していたが、それはすでに遥か昔の話。

達観しきった伯爵からは、まるで遥か昔に大荒れしていた海が今や音も立てずに月夜のもとで静かにたゆたっているような美しさやわびしさが伝わってきます。

 

欲望というものに打ち勝ったわけでも負けたわけでもないけれど、それが何なのかは伯爵なりの答えが出ている。伯爵自身、自分が何者であるかはわからないけれど、わからないということ自体はとうの昔に理解した。

自分自身を駆り尽くす”欲望”という存在に苦しんでいるわけでも深く嘆いているわけでもなく、むしろ欲望という原理そのものを分析しているように聞こえてきます。

なんだかそんな気がするんです。無知の知というか。

 

だからこの曲は、決して抑えることのできない欲望という現象を伯爵なりに何百年もかけてようやく理解したことを、伯爵の人生哲学とともに語る哲学書のような楽曲だと思うんですよね。

このことがわかったとき、楽曲を聴いているのに本を読んでいる気分になる不思議な感覚がスっと腑に落ちてきました。

 

 

伯爵はアブロンシウス教授と対を成す存在なのかも

 

曲中には、こんな歌詞があります。

この世の全てを理解してしまうほどの長い年月を生きてしまった伯爵の虚しさや葛藤がわかります。

 

世界中の全てを理解しても この私がわからない自分でさえ

 

ところで、

「抑えがない欲望」の歌唱直後に、吸血鬼について研究するアブロンシウス教授と助手のアルフレートが登場します。

そこでアルフレートが発した「伯爵にも感情があったんですね...」という言葉に対してアブロンシウス教授は「くだらん」と一蹴いっしゅう

 

教授役を長年務める石川禅さんは、この「くだらん」という言葉は膨大な知識と知見を持っている伯爵への嫉妬なのかもしれないと語っています。

アリストテレスの頃から現代まで、あらゆる時代の疑問と謎を解明しようと日々奔走するも空回りがちな教授の姿は、観客の目には愛らしく映ります。

 

しかし、人間の命にはリミットがある。当たり前だけど、研究に夢中になっていられるのは生きている僅かな時間だけ。人類の長い歴史の中ではほんの一瞬に過ぎない時間。

だから、ヴァンパイアをやっつけようとする教授の心の中には、永遠の時間があるヴァンパイアという存在に対するほんの少しの羨ましさがあるのかもしれません。

 

 

世界中の全てを理解しても何の意味もないと嘆く伯爵と、この世の全てを究明しようとする教授。

「抑えがたい欲望」という曲は、この世の全てを解き明かそうと奮闘する教授、ひいては我々人類への皮肉なのかもしれません。

 

 

「永遠の命」を感じさせる伯爵の所作

ところで、「抑えがたい欲望」の歌唱シーンに限った話ではないですが、クロロック伯爵は登場から退場まで終始ゆったりとした静かな所作なんですよね。

このゆっくりとした動作にいちいちグっとくる。

 

永遠に生きる存在であるから、毎日毎日同じことの繰り返し。先を急ぐ必要もなければ、最終的なゴールも目的地もない。

終わりの見えない生命そのものを体現しているかのような悠然とした動きをしてるじゃないですか。

 

伯爵のゆったりとした所作はパっと見はセクシーで威厳を感じます。

でも決してそれだけじゃなくて、死にたくても死ねない不死が故のゆっくりだということが伝わってくるんですよね。

 

「ヴァンパイアっぽさ」をあらわすものって色々あると思います。それこそ鋭い牙とか、マントとか、はたまたミステリアスな雰囲気とか。

でも筆者は、伯爵のゆったりとした所作にこそ不死の存在らしさを強く感じるんですよね。

 

 

まとめ

 

色々と書いてきましたが、やっぱり最高の楽曲だ!と書きながら改めて実感しました。

 

決して王道のミュージカルソングとは言えないし、今後そんな立ち位置になることもないと思います。人によっては、長いし暗いしミュージカルっぽくないなぁとも思うかも。

 

 

ミュージカルで好きな曲って何?

抑えがたい欲望だよ~

え~!?私も!

キャッキャ

 

なんて日が来るとい・・・いや、来ないでしょう。ヴァンパイアだけに陽の目をみない曲なのです。

 

 

おまけ:収録された音源

ウィーン版の音源です。本場のクロロック伯爵の迫力よ。

 

こちらは全曲視聴もできます。

 

上原理生さんのソロアルバムに「抑えがたい欲望」が収録されています。タイトルは日本語ではなく原作版の”Die unstillbare Gier”ですが、実際の歌詞は日本語です。

 

 

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