ミュージカルや舞台の世界には「出待ち」という独特な文化があります。
この文化は舞台の世界を華々しく装飾するものである一方、常に議論の火種にもなっています。
なぜ論争のもとなのか?答えは一つ!
出待ちについて、業界で統一されている明確な認識・ルールが未だ存在しないから。
とはいえ、明確なルールがないと観劇ビギナーの方は疑問に思うはず。
「出待ちって基本的にダメなんだよね?でもしている人たくさんいるよね?」
「結局、出待ちってしてもいいの?ダメなの?」
出待ちしてもいいか、という質問への回答は、YESともNOとも断言できないのです。
何故なら、出待ちに対する考え方は、劇場・役者・観客、それぞれ全員違うから。
本記事では、そんな舞台の世界の永遠のミステリー”出待ち文化”について、ちょっとだけお話させてください。
もくじ
舞台の世界の”出待ち文化”とは
そもそもの話ですが、
出待ちとは、公演後に楽屋口から出てくる役者さんと会話したり、サインを貰ったりする行為のことです。
筆者はこの出待ちの光景を初めて見たとき、軽い衝撃を受けました。
さっきまで舞台上でスポットライトを浴びていたスター俳優たちが観客たちとお喋りしたり、写真撮影に応じている。
中には、サインも握手もツーショットもピンショットも頼んいる人もいる。おまけにめっちゃ長く会話してるし。
アイドルのファンは大好きなアイドルとたった数秒会話するためにCDを買いまくっているのに、無料でこんなにスターを独占するなんて。
アイドルの握手会のような”はがし”もいなければ、俳優との間に物理的な遮蔽物もない。
何よりも驚いたのは、役者とのコミュニケーションに対して激しく感激している様子でもなく、何気ない普通の行為のような振る舞いをしている人が多いこと。
なんなら、友達や母親のような口調や態度で話しかけている人もたくさんいます。
今となっては出待ちしている方たちを見かけても何も思わなくなりましたが、観劇ビギナーにとって出待ちというものは、良くも悪くも心臓に悪い光景でした。
宝塚歌劇団の出待ち
宝塚歌劇団の場合は「一定のルールを守りさえすれば出待ちしてもよい」という暗黙のルールがあります。
宝塚をよく知らない人でも、宝塚には厳しいマナーやしきたりがある印象がありますよね。
よく”鉄の掟”なんて表現されます。
しかし、これは見方を変えれば、ファンと劇団との間に築かれた何十年間もの信頼と圧倒的な統率によって成り立つものです。
ただ、本記事では宝塚歌劇団の場合の出待ち文化については対象外とします。あまり一般的ではない、またちょっと特殊な領域なので。
さて、それでは一般の舞台の公演に話を戻しましょう。
一般的な舞台やミュージカルの出待ち
ミュージカルの世界の出待ちと言えば、宝塚の出待ちの光景を想像する人もいれば、プリンスロードなる光景を想像する人もいるでしょう。
プリンスロードとは、人気ミュージカル俳優の井上芳雄さんを待つ出待ちファンの大行列を指します。あまりにも長い大行列であるため、プリンスが通る道としてこのような呼称がつきました。
プリンスロードの映像を見ると、「あぁ、出待ちってしてもいいんだ」と思ってしまいがちです。
しかし実際のところ、現在は役者の出待ち行為を禁止する劇場・公演が段々と増えています。
出待ちに対する役者のスタンス
では、出待ちというファンの行為に対して、役者側はどう思っているのでしょうか。
役者も人間なので、一人ひとり考え方が異なります。真意は役者本人にしかわかりません。
しかし、表面上のスタンスという意味では、大きくこの3つに分類できます。
- 基本的に出待ち対応はしない
- 時間と状況が許す限りは対応する
- 出待ち対応について特に言及していない
①基本的に出待ち対応はしない
● 疲れ切っている公演後では丁寧な対応ができない
● 翌日の公演に響いてしまう可能性がある
● ファンが多すぎて対応できない
● 単純に出待ち対応は疲れるしストレスだ
ファン対応が単純にめんどくさくてダルい・・・という役者も稀にいるかもしれません。
しかし、ほとんどは公演で本調子を出すためにできる限りパワーをセーブしたいから、という理由です。
もしくは、人気のスター俳優ともなれば出待ちを望むファンの数も何十、何百と膨れ上がってしまいます。
時間的にもスペース的にも捌ききれないから全面的にお断り、という場合もあります。
また中には、風邪の感染の予防という意味で出待ちNGとしていることもあるでしょう。握手なんて気持ちよりもウイルスのほうが伝わっちゃうからね。
ちなみに井上芳雄さんは風邪を引いているファンとの接触についてこのようにお話していました。全役者こうあるべきだとは思いませんが、凄まじいプロ根性ですよね。
僕、マスクをしないんです。どんなに風邪を引いていようが明らかに相手が風邪を引いていようが。何百人もいたら『この人めっちゃ具合悪そうだな』という人も並んでいるんです。でも『ちょっと、やめてください』とはもちろん言わないです
(井上芳雄 トーク番組にて)
②時間と状況が許す限りは対応する
● ファンとの数少ない交流の場をできる限り保ちたい
● ファン獲得や人気獲得の場にもなるから
● 観劇直後の生の感想を聴きたいから
わたしは元々、神対応とかしょっぱい対応とか意識した事もありません。
時間と状況が許す限りは、作品を観に来て下さった皆様にお礼がしたいと思ってきただけです。
出待ちではなく舞台の本編の方がメインな事は間違いないので、とにかく本番を楽しんでいただけるよう今日まで公演をしてきました。— 神田沙也加 (@sayakakanda) April 30, 2017
ミュージカル
「マリー・アントワネット」
本日は昼夜の2回公演です。本日急ぎの用事がある為、出待ち対応がちゃんと出来ません。何卒ご了承下さい。
今日は朝からフルーツ食べ過ぎて胃が重たくムカムカしている状態です。
つまり本日の役作りは完成しております。#ルイだけにはき違えた役作り— LE VELVETS 佐藤隆紀 (@V_T_Sato) November 17, 2018
あるお手紙の中でこのようなことが書いてありました。
「ある公演の終演後、私は舞台を観劇したあと中川さんに一目会いたいと楽屋口に向いました。 楽屋口は中川さんに会いたいという方たちでいっぱいでした。私は初めての事で後ろの方に立っていました。そうしたら、ある方が、 私は昨日、握手してもらえたから、といって前方へ進むようにと声をかけ、場所を譲ってくださいました。親切なファンの方のお陰で私は握手をすることができました。 最初はテレビで歌を聞いてファンになり、始めて中川さんに触れた時、まわりにいらっしゃるファンの方の優しさがいつのまにか私の宝物になりました。」 という内容のお手紙でした。ファンの皆様の優しい心遣いにとても感動いたしました。中川晃教さんの公式FCの入会案内より引用
本心で「出来る限りいつも応援してくれるファンの方とお話したい!」と思ってくださる役者さんも、もちろんいるはずです。
しかし、出待ち対応というのは一方で新規ファンの獲得や既存ファンの維持という場でもあります。
そのため、本当は出待ち対応したくないんだけど、事務所から出来る限り対応するように言われていたり、人気獲得のためにしょうがなく対応している役者さんもいるかもしれません。
たしかに「あの役者さん、出待ちですっごく対応がいいからファンになっちゃった」という人、すごく多いんですよね。
逆に、そっけない出待ち対応をされたから応援する気が失せた、という人いるでしょうね。
それって、他人の家に勝手にズカズカ踏み入って「汚い家だなぁ、もう来ません」って言うのと一緒ですけどね・・・
③出待ちに対して特に言及していない
割合的にはこのパターンが一番多いかな?
事務所も役者本人も出待ち対応について特に言及なし、というパターン。出待ち対応についてYESであってもNOであっても、何かしら言及してしまうとメリットもデメリットも両方発生してしまいますからね。
出待ちをする観客のスタンス
冒頭でも書いた通り、近年は出待ち文化について観劇ファンの中でたびたび論争になっています。
そのせいもあって、たとえ劇場が禁止していなくても、出待ちするべきではないという主張を見かけることが非常に増えました。
では、出待ちをするファンのほとんどは、厚かましいマナー違反者なのか?というわけではありません。
頭の片隅には”役者にとって負担の大きい行為”であることを自覚している人がほとんどです。というか、そうだと信じたい。
それでもなぜ出待ちをするのか?
筆者としては、以下の4つのいづれかの理由に当てはまるからだと考えています。
①明確に禁止されていないから
②役者も喜んでいる(と感じる)から
③観劇と出待ちはセットだと思うから
④よく知らないから(半分野次馬)
①明確に禁止されていないから
今回は出待ちNGのアナウンスはないから出待ちしよう
劇場側からも役者からも禁止のアナウンスがない公演なのだから暗黙のOKということだろう・・・という解釈。
しかし、禁止されていない=やってもいいということでは決してないことを前提としているはずです。
「禁止してないんだからいいでしょ!?ミュージカルに出待ちは付き物よ」
なんて横暴な人もごく稀にいますが、ほとんどの人はあまり堂々とやってよい行為でないことは理解したうえで慎ましく出待ちしています。
②役者も喜んでいる(と感じる)から
あの役者さんは出待ちを嫌がらないし、むしろウェルカムだから!
たしかに、出待ちしてくださるファンの方とお話できるのが嬉しいし新鮮な感想が参考になる、と言及している役者さんもいます。
そのため、出待ちファンの方との会話を本当に好意的に捉えている役者さんも中にはいるのでしょう。
しかし、前述した通り役者にとって出待ち対応はファン獲得やファン維持のための場でもあります。
そのため、ファンへのリップサービスとして出待ち大歓迎としているだけであって、本心では正直キツいと思っているかもしれません。
いずれにせよ、本心は役者本人にしかわからないことです。
たとえ表向きであったとしてもタレントとして出待ちは嬉しいと明言しているんだから嬉しいものなんだ、という風に受け止めるしかないのかもしれません。
③観劇と出待ちはセットだから
ミュージカル俳優は出待ち対応も仕事の一部よ!
出待ちというものはもはやミュージカルの文化の一つ。ミュージカル俳優たるもの出待ちファンに丁寧に対応するべきである。
という意見です。
原理主義者ですね。もはや化石並みですが稀にいらっしゃいますよね。
たしかに、ミュージカルの世界は他のエンタメと比較しても、出待ちというものがある種の文化のようになってしまっているのも、事実っちゃあ事実です。
④よく知らないから(半分野次馬)
なんかミュージカルって出待ちが楽しいらしいから行ってみよう
という、野次馬精神によるもの。
出待ちについてよく知っている往年のミュージカルファンにとってみれば、よく調べもせずに騒ぐ野次馬め!と憤慨するかもしません。
しかし、テレビなどのメディアでミュージカル俳優の神対応!なんてしょっちゅう特集されています。
そのため、ミュージカル初心者の人が出待ちも観劇の楽しみの一つであると勘違いしてしまうのも無理もない気もします・・・
出待ちをしない観客のスタンス
一方で、私は出待ちはしませんという観客もいます。
大きく分けると、以下4つの理由。
①役者にとって迷惑行為だと思うから
②役者としての仕事の範囲外だと思うから
③役者に嫌われたくないから
④”役”としての舞台俳優を見たいから
①役者にとって迷惑行為だと思うから
公演後のヘトヘトの状態の役者に話しかけることは迷惑だと思うから
迷惑か否かは役者本人にしかわかりませんし、客商売である以上、口が裂けても迷惑だとハッキリ言うことはできません。
しかし、いくら役者が出待ち歓迎というスタンスであったとしても、疲れ切った状態の役者の帰路を妨げる行為であるという事実は変わりません。
②役者としての仕事の範囲外だと思うから
役者の仕事は舞台上であって、出待ち対応は仕事の範囲外である
出待ちはある意味、サービス残業みたいなものです。
ファンありきの”役者”という職業として振る舞う必要がある業務範囲は、役者にとっても観客にとってもそれぞれ定義の異なるものです。
出待ち対応もミュージカル俳優の仕事の一つと考える人もいれば、いやいや出待ちなんて仕事の範囲外でしょ、という考えの人もいます。
ただ、前者の場合は役者自身がそう言うならまだしも、観客サイドが言う言葉ではないよね・・・とは思います。
③役者に嫌われたくないから
またアイツ出待ちしているよ・・・って思われたら(ガクブル)
出待ちNGと明言している役者に対して出待ち対応を求めたら、そりゃ嫌がられること間違いなしです。
たとえ出待ちNGでなかったとしも、”いつも出待ちしている人”と認識されるのはなんだか嫌、というファンもいます。
逆に、出待ちする派のファンの中には、むしろ役者に自分を覚えてもらうために出待ちしている人もいます。
それ、悪い意味で覚えられるんじゃ・・・というツッコミはさておき。
出待ちという同じ行為に対して、認識や解釈がこれほど多岐にわたることが論争の原因なんですよね、きっと。
④”役”としての舞台俳優を見たいから
役者本人じゃなくて舞台上の”役”を観たい
たぶんこの理由が一番多いんじゃないかな!
メイクと衣装に身を包み、役そのものに成りきろうとパフォーマンスする舞台俳優たち。
役者本人ではなく、役者としてのパフォーマンスを観に行っている。
役者本人と話してしまったら、舞台上の素敵な姿のイメージが崩れてしまうかもしれません。
そして、「ステージ上でのイメージを抱いたままご帰宅してほしい」と語っている役者さんは非常に多いです。
そういった役者の想いをしっかりと酌んでいるわけですね。
出待ちしない派は出待ちする派をどう思っているか
じゃあ、出待ちしない派の人からすれば、出待ちする派のファンは蛮族に見えるのか。
たしかに、出待ちとかあり得ないよね~と出待ち派を軽蔑のまなざしで見る人もいますが、どちらかと言えば、する人はすんじゃないの、という冷静な考え方の人のほうが多い印象です。
つまり、超ザックリ分けると
・「出待ちするなんてあり得ない、本当のファンじゃない」派
・「する人はする。自分はしない。それだけ」派
の大きく2派でしょうかね。
どちらかというと、後者のようにクールに捉えている人のほうが多いかな?という印象です。
今後の出待ち文化はどうなるか
今後も出待ち文化は存続していくのでしょうか?
筆者としては、そろそろ出待ちが業界的に全面NGになるのではないかと予想しています。
というのも、ミュージカルという興行自体が近年かなり盛り上がっており、そろそろ出待ち全面禁止にしないと収拾がつかなくなってしまうのでは、と考えています。
観劇人口が年々増加している
↓
野次馬出待ちファンも中には発生してしまう
↓
迷惑行為と混乱の可能性が高まる
↓
役者とファンの安全のため禁止となる
出待ちという行為は、観客と役者の間の一定の信頼と礼節があってこそ成り立ってきたものです。
今後、出待ちにまつわる何か事件が起きてしまったら、それを機に全面禁止となる可能性も少なくはありません。
出待ちするならこれだけは守ろう。当たり前ルール
最後ですが、どうしても出待ちをするならこの5つだけは何が何でも守らなければいけません。
出待ちする派orしない派の考え方の違いは関係なく、マナーとして当たり前のものです。
①無断撮影厳禁!
お写真を撮ってもいいでしょうか、と必ず聞こう。いくらスターとはいえ勝手にバシャバシャ撮ってはいけません。
②引き留めない!
急ぐ役者を引き留めない。
私はこのために飛行機で遠征してきたんです?知らんわ!
③苦言や演技指導をしない!
たくさんの公演を観ているとお芝居や歌唱についてモノ申したくなる瞬間があるかもしれません。
決して本人には言わず、心の中に閉じておこう。
④風邪なら絶対出待ちダメ絶対!
身体が命の役者に風邪なんて移したら大変です。
咳が出たり熱があるなら、そもそも観劇を控えよう。
⑤ボディタッチしない!
勝手にベタベタ触らない。
まとめ!
以上、出待ち文化について筆者なりのまとめでした。
結論としては冒頭でも書いた通り、
・出待ちに対する考え方は千差万別!一口にYESともNOとも言えないもの!
・考え方が違うから論争になる!
ということです。
個人的な意見を少しだけ・・・
役者とは本来、舞台上のパフォーマンスで評価されるべきものだと考えています。
出待ち対応をしないから人気が出ないということは起きてはいけないと思うのです。
だから、もし人気を維持するために仕方なく丁寧に出待ち対応をしている役者さんがいるのであれば、出待ち対応している時間を役者としての技術研鑽の時間にあててほしい、と切に思ってしまいます。
本当の人気の証拠は、決して出待ちの列の長さではなく、割れんばかりの拍手だと思うのです。
出待ち問題って難しいよね、ほんと・・・