もくじ
ウィーンミュージカルの特徴
音楽の都オーストリアのウィーン発祥のミュージカルのことです。
日本でも熱狂的ファンの多い『エリザベート』や『モーツァルト!』などの超ヒット作を多数生み出しており、ブロードウェイミュージカルやロンドンミュージカルと肩を並べる人気ジャンルです。
①黄金コンビによる脚本と音楽
脚本作詞を担当するミヒャエル・クンツェと、作曲を担当するシルヴェスター・リーヴァイは数々のヒット作を生み出してきたクリエイター黄金コンビ。
有名なウィーンミュージカル作品はこの二人の手でドラマチックに構想されています。
②ゴシックな独特の世界観
ウィーンミュージカルの特徴と言えば、まず第一にその独特なファンタジックでゴシックな世界観です。
ブロードウェイミュージカルには天気の良い日に干してパリっと乾いたシャツのような爽やかがありますが、一方ウィーンミュージカルは秋や冬のような哀愁ただよう憂いがあるのです!
現実と幻想が入り混じったどこか浮遊感のある耽美な世界を堪能することができるのがウィーンミュージカルなのです。
③驚異のバッドエンド率
一般的にミュージカルと聞いて連想するのは、ときに楽しくときに悲しく歌って踊って最後にはみんなハッピー!という非常に朗らかなイメージではないでしょうか。
ウィーンミュージカルはそのイメージの対極で、基本的に深刻なストーリーです。
当然、エンディングもハッピーとは決して言えないような作品が多いです。登場人物全員が不幸になるような完全バッドエンドとは言えないものの、よくても「ある意味ハッピーエンド」くらいです。
④近代ヨーロッパの物語
ウィーンミュージカルは19世紀~20世紀頃の近代ヨーロッパが物語の舞台となります。
ミュージカルといえばアメリカやブロードウェイという華やかな世界を連想するかもしれませんが、ウィーンミュージカルはハプスブルク帝国の滅亡・自殺した天才音楽家・ヴァンパイア伝説などなど、ヨーロッパの影の側面に焦点を当てています。
⑤人ではない登場人物の存在
『エリザベート』のトートは”死”を具現化した存在である黄泉の帝王。『モーツァルト!』のアマデは主人公ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの”才能”の象徴。『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のクロロック伯爵は何百年も生きるヴァンパイア。
などなど、人外の登場人物が登場する作品が多いことも大きな特徴のひとつです。日本には八百万の神々という考え方があるため、人ではない現象を擬人化することには慣れてますし愛着がありますよね。
⑥恋愛シーンは比較的少なめ
ミュージカルといえば男女の恋愛事情を中心にお話が展開していく作品が多いですが、ウィーンミュージカルは恋愛要素はほどほど。むしろ”自分自身と向き合うこと”にスポットライトを当てています。
自分の人生において最も重要なものって?このままでいいのか?変わるべきか変わらざるべきか・・・という人生哲学のような側面があります。
なにそれ小難しい!とハードルが上がってしまう心配はありません。詳しくは後述しますが、そんな小難しさがどうてもよくなるくらい素晴らしい世界観と音楽に包み込まれるのがウィーンミュージカルなのです。
ウィーンミュージカル作品ラインナップ
本記事では有名なウィーンミュージカル5作品を紹介します。
『エリザベート』
● 実在したオーストリア皇后が主人公
● ”死”を具現化した黄泉の帝王トート
● ハプスブルク帝国の滅亡期の物語
● 日本で最もチケットの取れない作品かも?
「エリザ」の愛称で親しまれている本作は1996年の日本初演以来、ジャンルを超えて様々な世代から熱狂的な人気を誇ります。
日本における合計上演回数は本国オーストリアよりも多いほどで、日本のミュージカルファンの心を掴んで離さない驚異的な作品。2020年は東宝版の20周年のメモリアルイヤーということもあり、20周年記念の全国公演が決定しています。
日比谷の劇場街を歩いている人に「ウィーンミュージカルと言えば?」と聞くと、多くの人は『エリザベート』と答えると思います。
”死”という現象そのものを擬人化したトートという登場人物が物語の軸となっているなど、本作にはウィーンミュージカル独特の浮遊感あるファンタジックで美しい世界観が凝縮されています。
『モーツァルト!』
● 天才作曲家モーツァルトが主人公
● 彼の才能の象徴である子役の”アマデ”
● 有名なミュージカルナンバーの宝庫
● 数々のミュージカルスターを輩出
誰もが知っている天才音楽家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの激動の生涯を綴った2002年日本初演の作品です。
現代風のダメージジーンズに編み込みのロングヘア―という奇抜な恰好の主人公ヴォルフガングと、彼の”才能”を具現化した存在であるアマデという子役の登場人物が印象的。
「僕こそ音楽」「影を逃れて」「愛していればわかりあえる」など有名ミュージカルソングの宝庫。テレビ番組でミュージカルスターが歌唱するときは必ずといってもいい程、本作の楽曲が選出されています。
また、井上芳雄・山崎育三郎・中川晃教など数々の実力派人気ミュージカル俳優を輩出した作品でもあります。本作の主人公に抜擢される=ミュージカル界で認められたと言っても過言ではありません。
ちなみに、作品ファンの間では「M!」と略して表記されることが多いです。「モツ」って書く人も稀にいますね。
『ダンス・オブ・ヴァンパイア』
● ヴァンパイアのクロロック伯爵が主人公
● ホラーと見せかけてドタバタコメディ要素
● 圧巻の華麗なダンスシーンの詰め合わせ
● ウィーンミュージカルでは少し異色?
おどろおどろしいビジュアルとは打って変わってコメディ要素がかなり強めの作品で、2006年に日本初演を迎えました。
物語の本筋は、ヴァンパイアハンターの教授とその助手が主人公クロロック伯爵のヴァンパイア城に乗り込んでいくも失敗だらけのドタバタ劇。笑えるシーンが多いという特徴はウィーンミュージカルでもかなり珍しいです。
一方で、死ぬことのできない永遠の命を持つヴァンパイアの孤独や虚しさにスポットライトをあてるなど、ウィーンミュージカルらしい叙情で締めるところはしっかり締める。
ヴァンパイアというホラー感溢れるテーマのわりには、最後にはみんなで歌って踊ってヴァンパイア最高ー!というウハウハなテンションで終わるところがなんともミュージカル。
タイトルが長いので「TdV」という略称で表記されることが多いです。原版タイトルのTanz de Vampireの頭文字の略です。
『マリー・アントワネット』
● 対照的な二人の”MA”から見たフランス革命
● 豪華絢爛な衣装と舞台装飾!
● 華やかだけではないリアルで残酷な革命を描く
●日本から生まれたミュージカル作品
遠藤周作の小説『王妃マリー・アントワネット』原作の日本発のミュージカルです。2006年に日本初演され、2018年にはフェルゼンとの恋模様に厚みを出した華やかな新装版として再演されました。
MAとは、実在の王妃マリー・アントワネットと創作人物であるマルグリッド・アルノーの二人に共通するイニシャルのこと。
フランス革命を描いた作品は『1789 -バスティーユの恋人たち-』『スカーレット・ピンパーネル』など多数の人気作がありますが、本作はマリーアントワネットという実在の人物にひたすらスポットライトを当てているところ。
他の作品ではカットされがちな処刑を待つアントワネットの最期の日々などリアルな革命が描かれています。
一方、ド派手なドレスを買い漁るアントワネットや貴族たちの仮面舞踏会など、華やかなシーンも盛りだくさん。当時のフランスの光と影の両面が対照的に色濃く描写されています。
『レベッカ』
●富豪に嫁いだ若妻「わたし」目線の作品
●原作小説を元にしたサイコスリラー系
●サスペンス×ミュージカルの新ジャンル
●ちょっとだけマニア向け作品かも?
2008年日本初演の作品です。イギリスの大富豪マキシムに見染められ嫁いできた語り手の「わたし」に降りかかる不気味な新婚生活を描いた物語。
原作は小説版ですが、1940年公開のヒッチコック監督の映画版のほうが有名かもしれません。
ミュージカルではかなり珍しい(?)サスペンス系です。ドタバタ探偵劇系のコメディ要素の強いなんちゃってサスペンスではなくゴリゴリのサイコスリラー作品。
結末を知った状態で観劇すると「なるほどね・・・」と思うシーンが散りばめられています。必ず2回以上観たくなる作品。
ミュージカルらしい直球の華やかなや豪華さとはちょっと違う路線の作品なので、もしかするとちょっぴり観る人を選ぶ渋い作品かも。
ウィーンミュージカル常連キャスト
日本で上演されたウィーンミュージカルへの出演が多い役者さんをちょっとだけ紹介!
山口祐一郎
出演したウィーンミュージカル
『エリザベート』(トート)
『モーツァルト!』(コロレド)
『ダンスオブヴァンパイア』(クロロック伯爵)
『マリー・アントワネット』(カリオストロ)
『レベッカ』(マキシム)
『エリザベート』『モーツァルト!』『ダンス・オブ・ヴァンパイア』『マリー・アントワネット』『レベッカ』の全5作品すべてで主要キャストとして熱演してきました。
日本におけるウィーンミュージカルの土台を形成されたといっても過言ではありません。まさにミュージカル界の帝王。
ちなみに出演された5作品のうちトート以外は初演から再演までずっと山口さんが演じています。つまり後継者がまだいない役です。ミュージカル界の山口祐一郎後継者不足問題は深刻。
石川禅
出演したウィーンミュージカル
『エリザベート』(フランツ)
『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(アブロンシウス教授)
『マリー・アントワネット』(ルイ16世)
『レベッカ』(フランク)
ウィーンミュージカルの4作品に出演されています。喉からCD音源かと錯覚するほどの安定感抜群の歌唱だけでなく、作品の深みをグっと掘り下げる職人ばりのお芝居が魅力的。
いったいどれが本物の禅さんなの?と思ってしまう程、役柄への成りきり度が異常に高い役者さんです。演じる役によって身長も体格も顔つきも全部違って見えるんですよね。不思議!
涼風真世
出演したウィーンミュージカル
『エリザベート』(エリザべート、ゾフィー)
『モーツァルト!』(ヴァルトシュテッテン男爵夫人)
『マリー・アントワネット』(アントワネット)
『レベッカ』(ダンヴァース夫人)
ただでさえミステリアスなウィーンミュージカルをさらにミステリアスな雰囲気に仕立て上げる役者さん。
天を突き抜けるようなクリアな声質と地を這うようなドスの効いた低音が魅力。涼風さんのように歌声を聴いただけで背筋がゾゾッとくるミュージカル俳優はなかなかいません。
アニメ『るろうに剣心』の主人公・緋村剣心の声優として認知している人も多いかも?
井上芳雄
出演したウィーンミュージカル
『エリザベート』(トート、ルドルフ)
『モーツァルト!』(ヴォルフガング)
『マリー・アントワネット』(フェルゼン)
”ミュージカル界のプリンス”乱立問題が世にはばかるプリンス戦国時代を駆け抜けた正真正銘のプリンス。
テレビ番組では爽やかな顔面から繰り出される毒舌やトークスキルが注目されがちですが、実力・人気・経歴すべてにおいてトップレベルのミュージカル俳優です。
世間一般のミュージカル観劇というものへのハードルを数段下げてくれた功労者でもあると思う。もちろん良い意味で。
そんな彼のデビュー作は『エリザベート』のルドルフ役、そして大出世作は『モーツァルト!』のヴォルフガング役。そう、今を時めくプリンスはウィーンミュージカルと共に歩んできたのです。
花總まり
出演したウィーンミュージカル
『エリザベート』(エリザベート)
『モーツァルト!』(ナンネール)
『マリー・アントワネット』(アントワネット)
1996年の宝塚版『エリザベート』初演から現在まで、ウィーンミュージカルの人気の立役者と言っても過言ではありません。
ミュージカルらしい華や気品だけでなく、憂いのある丁寧なお芝居が魅力的です。『エリザベート』がここまで老若男女から狂気的なまでに愛される作品に進化した理由の一つは間違いなく花總さんの威厳溢れる眩い皇后の存在感であると思う。
「ただ美しい」「ただ綺麗」で終わらない鬼気せまる迫力こそ花總さんの魅力なのです!
吉野圭吾
出演したウィーンミュージカル
『モーツァルト!』(シカネーダー)
『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(ヘルベルト)
『レベッカ』(ファヴェル)
『モーツァルト!』のシカネーダー役や『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のヘルベルト役など、風変わりで奇抜な役柄を演じることが多い吉野圭吾さん。
物語のぐいぐいと動かしていく中心的な役どころではないものの、観客の視線をガッツリ掴んで抜群の印象を残すテクニシャン。個人的な話ですが、吉野さんの役を継いだ後継者たちは大変だろうな・・・と余計な心配をしてしまいます。
ウィーンミュージカルに熱狂する理由
①奥深い人生哲学
筆者はウィーンミュージカルに共通するテーマは「孤独」であると考えています。
人生において自分の力ではどうにでもできないことや、どうすることもできない孤独感や人生の虚しさ。不安と閉塞感に苛まれながらも運命に必須に立ち向かい、美しく散っていく登場人物たちの生き様に惹かれるのだと思います。
例えば『エリザベート』は”死”に憧れ続けた皇后の物語ですが、彼女自身は決して中途半端な死は望んでいません。人生の孤独に苦しめられながらも最期の瞬間まで闘い抜いています。
ミュージカルを通して人生哲学を考えさせられる奥深さもウィーンミュージカルの魅力のひとつです。
愛、死、罪、絶望、解放といった私にとって興味深い中心的テーマは、ひとつの文化に結びついているのではなく、どんな人の興味も引きつけるものだと思っています(ミヒャエル・クンツェ)
引用:レプリークBis ウィーン・ミュージカルのすべて
ブロードウェイ・ミュージカルがどちらかといえばショー的な要素を前面に押し出しているのに対して、ウィーンミュージカルは、「物語性」や「暗い側面」にも焦点を当てています。そこが一番の魅力ではないでしょうか(マーク・ザイベルト)
引用:おけぴインタビュー
②圧倒的な美しさと中毒になる高揚感
小難しいテーマにも関わらず説教臭さは一切ありません。
物語の陰鬱さや深刻さを吹き飛ばすほどの圧倒的な美しさと高揚感がウィーンミュージカルにはあるんです!世界観もテーマも決して明るくはないのに観ていて興奮するんですよ。ホント不思議です。
美しい演出、頭に残る情緒的な音楽、ゾクゾクするような緊張感のあるシーンの連続。観ているだけなのにだんだん背中に汗が出てきて瞬きするのを忘れて・・・
そう、これはまさに陶酔の世界!
観終わった後のフワァ~っとした充実感。でも時間がたつと、あぁもう一度あの高揚感を味わいたい今すぐ観たい。そう思って何度も何度も劇場に足を運んでしまうのです。
③ハイクオリティな音楽性
そんなウィーンミュージカルを最高にドラマチックに彩るのはシルヴェスター・リーヴァイによる珠玉の楽曲たち。
オーケストラによる荘厳な音楽であるにも関わらず耳馴染みの良いキャッチーなリズム。メロディを聴いただけでその作品の世界観が一瞬で体中をブワッ!と広がります。
一見とっつきにくいようで「あれ?どこかで聴いたことあるような」と錯覚するようなノスタルジーがあるんですよね。カッコよくてスリリングな曲なのになぜか懐かしい感覚になるというか。
ウィーンミュージカルの魅力の大きな部分を占めているのが、聴衆の心を掴んで離さないハイクオリティな音楽なのです!
リーヴァイ氏、クンツェ氏は、言葉と音楽を通して人生と格闘している人々を勇気づけたいとおっしゃっています。その祈りにも似た強い想いがそのまま作品の魅力になっているのではないでしょうか(山口祐一郎)
引用:レプリークBis ウィーン・ミュージカルのすべて
ぜひ生で観劇してほしい!
ウィーンミュージカルについてざっくりと追っていきました。なんとなくでも魅力が伝われば嬉しいです。
ウィーンミュージカルの魅力はもちろんCD音源やDVD映像でも楽しめますが、その神髄は劇場でしか味わえないと思っています。少しでも興味があるなら、ぜひぜひ劇場に足を運んでみて欲しいです。
ちなみにですが、クンツェ&リーヴァイのコンビで現在新作の制作に取り掛かっており、なんと題は『ベートーヴェン』だそう。
ウィーンミュージカルについて徹底的に解説された1冊。作品別の解説はもちろんミュージカル俳優の単独インタビューも多数掲載。かなり読み応えがあります。
表紙は城田優さん・石丸幹二さん・山口祐一郎さん、朝羽ひかるさん、瀬奈じゅんさん。2010年発刊なので皆さん今よりかなりお若いです。
キャストのインタビューてんこもり。稽古場の風景や歴史的背景の解説もあります。『エリザベート』ファンなら絶対に楽しめる1冊。