よもやま話

観劇は「不要不急」なのか │ コロナで学ぶ今後に活かしたい教訓

 

 

世間ではなんとかウイルスの話題で持ちきりですね。ここ数日、ミュージカルだけでなく多くのエンタメイベントは軒並み中止となりました。

いちミュージカルファンとして、今回の騒動で色々なことを学びました。

 

観劇=「不要不急」なのか

本記事を書いたのは2/28時点です。ミュージカルの公演が軒並み中止発表されたのは昨日の2/27。2/27以前は観劇するかしないかは個人の判断に委ねられていました。

そこで、観劇は不要不急の外出に該当するのか?という観点で様々なことを改めて考えさせられました。

 

というのも、当初は「いや、明らかに不要不急でしょ」と考えていたのです。しょせん娯楽なんだから、生きていく上で不要不可欠でも急ぎでもないでしょ、と。

今振り返ってみると本当に愚かな考え方でした・・・

 

エンタメ産業でご飯を食べている人たちのことを全く視野に入れていなかったのです。

エンターテインメントに従事する人々にとっては、公演中止=生活を脅かすことに直結するという当たり前の事実に気づけていなかったんですよね(もちろん企業や劇団の規模にもよりますが、自転車操業の場合特に)

 

これってエンタメ好きとしては価値観の致命的な欠落です。普段、楽しみや刺激を提供してくれている労働者たちのことを完全に除外してしまっていたなんて・・・

今回、とても反省しました。いや別に誰かに怒られたわけでもなんでもないですが。

 

観劇=感染リスクの高い趣味?

「観劇=不要不急かどうか」の話に戻ります。

筆者の不要不急の定義としては、用事もないし急ぎでもないのにフラフラと出歩くこと、という意味だと解釈しています。そのため、観劇は不要不急とは言えないと思っています。

明確な用事であるし、急ぎではないかもしれないけれど、その公演のチケットはその日しか観れません。

 

しかし一方で、感染リスクがべらぼうに高い営みであることは間違いないはずです。

感染予防という意味では最悪の行為かもしれません。不特定多数の大人数がぎゅっと収容された空間で2~3時間座りっぱなし。隣席がゴホゴホしていようものなら、もうおしまいです。

それだけでなく、観劇には手渡し行為が付き物です。チケットをもぎられるときもそうだし、チラシを受け取る時もそう、物販の販売も。

 

そのため、今回のウイルスに限らず、風邪を含む何かしらのウイルスに感染するリスクがそもそも高い趣味なのだなと、改めて認識したのです。

ですから、今回の騒動で自分自身が実施している手洗いやマスクの徹底は、本来は普段の観劇でも徹底されるべきなのかもしれません。少なくとも、幕間は必ず手を洗おうと考えるようになりました(用を足していなくても)

 

観客のほぼ全員の顔が白い布で覆われている光景は相当異様ですが、特にインフルが流行する冬場はそれがスタンダードくらいでいいんじゃないかな。

毎年インフルの季節は体調不良で降板してしまう役者さんが必ずと言っていいほど発生していますから。

 

在宅リモート観劇の実現はいつになるか

ちまたでは出社を控えて在宅で業務を実施するリモートワークが推奨されています。そこでふと思いました。自宅でリモート観劇が実現できたら面白いのでは?

 

劇場以外の場所で観るという意味では映画館でのライブビューイングがあります。

しかし、ライブビューイングは形式によっては声出しや拍手などが認められているので、得られる臨場感は劇場そのものとまではいかないものの、確かに存在します。

 

しかし、自宅でたった一人でPCでリモート観劇する場合、なかなか臨場感は得られません。生放送というだけで実質DVDで見ているのとほぼ同じ感覚なのです。

精度の高いVRが普及すれば実現できそうですが、それはもう少し先の未来になってしまいそうです。

 

リモートワークならぬリモートミュージカル?

 

もし仮に、在宅でも本当に劇場で観劇しているかのような感覚になれるVRが実現したら、とても面白いと思いません?

 

通常通り劇場での観劇はS席13,000円だとすると、例えばVR観劇は好きな席で10,000円とかにして。

通常のチケットが完売するような公演であれば、チケットが手に入らなかった人はVRチケットで観劇することができます。超人気公演の千秋楽なら、劇場のキャパの数倍近いVRチケットが売れるかもしれません。

 

通常のチケットが手に入らなかった人も観れるし、なかなか遠征できない人も手軽に楽しめる。しかも収益増加というオマケつき。

リモートワークならぬリモートミュージカル。実現したら面白いのになあ。

 

今後に活かす教訓

とまあ、妄想は置いておいて。今回の騒動で学んだ自戒です。

 

①普通に上演される喜び

これ、本当に実感しました。天災や疫病もなく怪我人も発生せずに千秋楽まで走りきるということは、決して当たり前ではないのだなと。

他のエンタメの事情がどうかはわかりませんが、舞台は刹那的な危うさを秘めているイベントだと思います。中止になってしまった演目をすぐに再演することは難しいですし、再演できたとしても同じカンパニーなんてまず不可能です。

 

予定された通りに、当たり前に上演される。

日常的に観劇していると忘れてしまいますが、これって当たり前のことではなく、数々の奏功の積み重ねの果てにある結果なのですね。今回の騒動で噛みしめました・・・

 

しかしこの教訓はある意味当然のことです。筆者が改めなければと痛感したのは次の②のほう。

 

 

②自己のコントロール

今回は中止や払い戻しが決定されましたが、上演が強行された場合のifを想像してみました。観劇するかどうかは自己責任で決めてください、という場合です。

 

たぶん自分は観劇してしまうだろうな・・・と思います。

危険なのは重々わかっているけど、目の前にあるチケットを自らの決断で紙切れに変えることはなかなかできなかったかもしれません。

 

しかも厄介なのは、「観劇は生きがい!これくらいの脅威程度じゃ止まらない自分!」という、憐れなナルシズムが自分の中に確実に内在しているということです。

「狂気的なまでに観劇に通う自分」に酔ってしまうことが時々あるのです。我ながら痛いと思います。

 

平常時ならただの痛い人なので別にいいのですが、今回のような異例の事態において自己陶酔を制御する能力が必要不可欠だなと改めて考えましたね。

 

チケット追加しちゃおうか?いっそ遠征しちゃおうか?

この手の自己陶酔はこういった平常時のポジティブな決断のときにこそ発揮すべきなのです。今回のようなイレギュラーで発揮すると大変なことになります。

 

公式が強行しようがなんだろうが、一度冷静になって観劇するかどうか考えてみる。簡単なようで難しいような、難しいようで簡単なような・・・

 

とにかく事態の終息を祈る!

いちミュージカル好きとして今できることは、この3つくらいかなと思います。

・体調管理の徹底
・DVDやCDで売上に貢献
・未来の観劇代をたんまり貯金

 

しかし、地味に怖いのは終息後かもしれません。

今回の騒動で疲弊してしまったエンタメ系の労働者が「もうこんな業界イヤ」と感じて一斉転職・・・なんてことが少なからず起きてしまうような気がしてならないのです。主催だけでなく役者を含めて。

 

そんなヤワな連中じゃない!役者はスゴい!と思いたいところです。

しかし、普段素敵な夢と希望と与えてくれるエンタメ労働者たちに対して、そういった自分勝手な夢と希望でぶつけ返すことは自分のエゴ以外の何物でもないのだろうなと、ちょっと考えてしまいます。

 

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