
東宝2019年公演
オーストリア皇后エリザベートの数奇な生涯とハプスブルク帝国の滅亡を描いたミュージカル『エリザベート』
作品ではラストシーンでエリザベートが無政府主義者のルイジ・ルキーニに刺殺されたのち、トート(死)と結ばれ黄泉の世界に旅立つところで物語は終わります。
主人公であるエリザベートは亡くなりますが、作中では生き残った登場人物もいます。
生き残った人物たちを「このあとこういうことになるのか・・・」という目線で観劇すると、より『エリザベート』の世界を楽しめるかもしれません。
今回生き残った人々がその後どうなったのか、作品では描かれていない結末を紹介します。
皇后エリザベートの死の直後の世界
1898年、人類がいよいよ20世紀を迎えるさなか突如として皇后エリザベートが刺殺されました。
ハプスブルクの美の化身とまで評された美貌の皇后の死。全国民がおいおいと泣き崩れる・・・かと思いきや、国民たちはエリザベートの死に対してかなり冷ややかな目で見ていたようです。

エリザベートの葬儀
皇后としての義務をまるで果たそうとせず美容と旅行に明け暮れていたのですから、そりゃあそうなるよね・・・
生前「できればコルフ島に埋葬してほしい」と言っていた彼女の願いも叶わず、ウィーンのカプツィーナ教会の地下でフランツやルドルフたちと一緒に静かに眠っています。
この教会、観光客も入れるので彼女たちの棺を近くで見ることができます。
ファンにとっては嬉しいことですが、人嫌いで常に人目を避けていたエリザベートにとってはこれ以上ない苦痛かもしれません。
そして、彼女の死後ももちろん世界は続いていきます。
エンディング後の世界を生きた人々
①オーストリア皇帝フランツ

軍服のフランツ・ヨーゼフ1世(1865年)/wikipedia
フランツは妻エリザベートがルキーニに刺殺された後、亡くなる1916年まで18年間生きています。
そしてフランツがこの世を去る2年前の1914年にサラエボ事件が勃発します。第一次世界大戦の火花を切ることになった有名な事件ですね。
サラエボ事件
フランツの甥っ子にあたるオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディエナントがセルビア人民主主義者に暗殺された事件。
そして1916年、86歳でフランツがこの世を去ります。しかしこのわずか2年後、ハプスブルク帝国はついに世界から消え去りました。
「お前だけ知らぬ帝国の滅亡」というフランツに向けられた歌詞は作中で聞くと、帝国が崩壊しかけていることに気づかない愚かな皇帝、という意味に聞こえます。
しかし、実際に帝国の崩壊を見ることなくこの世を去ったという事実を考えると、なんだか深い意味が込められているかのように感じますよね。
息子の自殺、妻の暗殺、王族に次から次へと降りかかる不審死の連続。滅びいく帝国を死の直前までまざまざと見せ付けられていたフランツの晩年はまさにタイトル通り「悪夢」だったのかもしれません。
余談。作中なんども市民から「エーヤン!(万歳)」と発せられますが、フランツへのエーヤンは一切なし。皇帝なんだし1回くらい「エーヤン!フランツ!」と誰か叫んでもいいんじゃない・・・といつも不憫に思ってしまう。
②ルイジ・ルキーニ

連行されるルイジ・ルキーニ/wikipedia
彼がエリザベートを刺殺した1898年時点では、彼はまだ25歳でした。
ミュージカルでは髭をたくわえた渋い格好の役柄のためオジサンのイメージが強いですが、実はかなりの若者だったわけですね。
東宝版では山崎育三郎さん、成河さん、尾上松也さんなど30代の役者が演じることが多いルキーニですが、実年齢に近い20代の役者が演じても面白いと思います。
ルキーニは短剣のように尖らせたやすりでエリザベートを刺殺します。が、あまりにも鋭利すぎたのでエリザベート自身も刺されたことに気付かなかったとか。
どうしてナイフではなく自ら研いだやすりだったのかというと、ナイフを買う金すらないほど困窮していたから。
この事実を知ると、彼の殺害動機である「働きもせず贅沢している王族なら誰でもよかった」という言葉がより沁みますよね・・・
そして、ルキーニは逮捕されたあと死刑を望みましたが終身刑。しかし12年後の1910年に獄中でベルトで首を吊り自殺しました。
ここで1つわかることがあります。
『エリザベート』の冒頭、ルキーニは黄泉の世界で裁判を受けています。裁判官から皇后を殺した理由を問われたとき「毎晩同じ質問ばかり100年間も!俺はとっくに死んだんだ!」と叫びます。
ルキーニが自殺したのは1910年10月19日なので、『エリザベート』は2010年10月19日の話というわけですね。結構最近ですよね。
そう考えると2010年公演は相当感慨深いですよね。90年代に初演された作品がまさに今、目の前で始まる瞬間を迎えられるわけですからね。
ちなみに2010年10月といえば、チリの鉱山の落盤事故で閉じ込められた33人の作業員が救出されるなんて超ビックニュースが世間を賑わせていた頃でした。
③エルマー
ハンガリー貴族の革命3人衆の一人、エルマー・バチャーニーは実在の人物です。
2幕後半のナンバー「独立運動」で逮捕されるエルマーですが、実は1932年まで生き延びました。
ハプスブルク帝国は1918年に崩壊します。そのため、作中のメイン登場人物の中でエルマーは唯一ハプスブルク帝国の崩壊を最後まで見届けた人物だったわけですね。
2019年東宝公演では植原卓也さんが演じています。
ありがたい事に、あと60ステージも出来る。
闘います。 pic.twitter.com/ED6oUOcGFE
— 植原卓也&STAFF (@tkyxyou) 2019年7月13日
エルマーは作中では語られませんが、ハンガリー初代首相であるバチャーニー・ラヨシュの息子です。

ハンガリー初代首相ラヨシュ・バチャーニー/wikipedia
エルマーの「ハンガリーで最も古い家柄」という若干胡散臭いセリフがありますが、初代首相の息子ならそりゃそうかもしれないですね。
ラヨシュは1849年にオーストリア軍によって銃殺されます。銃殺される直前、「祖国よ!永遠なれ!」と叫んだそうです。
エルマーは「独立運動」のシーンであっけなく逮捕されてから出番はほぼ終了するので、なんとなく反逆罪として処刑でもされちゃったのかな・・・という印象が残ります。
しかし実際のところは1932年まで生き延びます。そのため、メインの登場人物の中で唯一帝国の崩壊を見届ける人物なんだと思いながらエルマーのシーンを見ると結構印象が変わってきます。
ちなみに作中で描かれるエルマー、シュテファン、ジュラなどのハンガリー革命家たちはウィーンオリジナル版では登場しません。
革命家たちが登場するバージョンに馴染んでいるからかもしれませんが、彼らが登場しない『エリザベート』ってなんだか物足りないような気がしますよね。
余談なんですけど、2019年公演でルドルフやってる木村達成さん、エルマー役でも輝くと思いません?
シシィ以外の登場人物から見た『エリザベート』を観てみたい
フランツ、ルキーニ、エルマーは皇后暗殺以降も生き延びます。
皇太子ルドルフが主役の『ルドフル~ザ・ラスト・キス』という作品がありますが、王族以外の目線からハプスブルク帝国の滅亡を描いた作品があっても面白いですよね。
首相である父がオーストリア皇帝の名のもとに処刑され、帝国の滅亡をその目で見届けたエルマーが主役の作品が観てみたいなあと思っています。
たぶんシシィが贅沢三昧の旅行大好き皇后としてものすごい悪者に描かれるんでしょうね。それはそれで超面白そう。