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香港空港デモでレ・ミゼラブルの「民衆の歌」による抗議│ミュージカルと現実は融合するのか

2019年8月13日

 

連日香港では中国政府に対するデモ活動が実施されており、日に日に激化。

8/12にはついに空港でデモが実施され、当日午後便は全便キャンセルとなり大パニックに。

ふとTwitterを眺めていると、空港でデモ隊によってミュージカル『レ・ミゼラブル』の劇中で歌唱される「民衆の歌」の大合唱が行われている動画が流れてきました。

 

 

「民衆の歌」の歌詞はミュージカル版はかなり意訳されていますが、直訳風にするとこんな感じ。

 

Do you hear the people sing?
Singing a song of angry men?
It is the music of a people
Who will not be slaves again!
When the beating of your heart
Echoes the beating of the drums
There is a life about to start
When tomorrow comes!

民衆の歌が聞こえるか?
怒れる者たちの歌声が聞こえるか?
二度と奴隷にはならぬ人々が奏でる音楽だ
胸の鼓動が
太鼓の響きと重なれば
明日が来れば
新たな命が始まるのだ

 

ミュージカル『レ・ミゼラブル』でこの曲が歌唱されるのは、革命を起こす学生のリーダーであるアンジョルラスという青年が仲間たちを鼓舞するシーン。

 

 

その後、アンジョルラスたちは街中に巨大なバリケードを築き、町の一部を占拠。

 

今回のデモは警察による暴力行為に対して人々が怒り、香港空港内を占拠しました。それに対し中国政府は一部抗議を「テロ」と非難。

暴力行為に対して公共の空港を占拠。『レ・ミゼラブル』とそっくりじゃないか。

デモ隊の中で「民衆の歌」を歌う事前予告があったのか、もしくはその場のムードが高まって誰かが歌いだしたものが拡大したのかはわかりません。

政府という強大な権力に対して、歌で抗議。まるでミュージカルそのものである。

もちろん、歌以外にも催涙弾や水など武力を使っての抗議も行われたものの『レ・ミゼラブル』のワンシーンが再現されているかのような光景に驚きを隠せませんでした。

 

『レ・ミゼラブル』はまさに現在博多の劇場で上演中で、9月の札幌公演をもって2019年全国ツアーが終了します。

役者たちはこの騒動を見てどう思ったんだろう?デモ隊によって「民衆の歌」が歌われている動画をTwitterでリツイートしている役者もいました。

エンタメ作品といえど、血で血を洗う残酷な革命の歴史を二度と繰り返さないようにしようという想いで作品に臨んでいるはずです。

自分たちが物語の人物として演じながら歌う「民衆の歌」を現実世界の民衆たちが同じ曲を歌っている。しかもデモ活動の中で。

すごく複雑な心境なんじゃないかなと思います。だから観客の自分がどうのこうの、というわけではありませんが。

 



 

ミュージカルと現実世界の融合

現実世界での事故や事件に対して、ミュージカルの劇中歌を歌うことで気持ちを鼓舞したと言われている事例は他にもあります。

例えば9.11のテロ事件の時、燃え盛るビルに突入する消防隊員たちはミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』の「Into the Fire(炎の中へ)」という曲を歌って現場に向かったという逸話があります。

 

Never hold back your step for a moment
Never doubt that your courage will grow
Hold your head ever higher and into the fire we go

後ろを振り返るな
勇気を疑うな
誇り高く あの炎の中へ

 

劇中では、フランス革命に巻き込まれた友を救うために国境を越えよう!と主人公パーシーがイギリスで仲間たちを鼓舞するシーンで歌われます。

物理的に炎の中に飛び込むわけではなく「”革命”という燃え盛る炎にも臆せずに飛び込もう!フランスへ行こう!」という例えなのです。

 

筆者が思うこの9.11の逸話の凄まじいところは、例えとしての「炎」として歌われる劇中歌を現実世界で目の前で燃え盛る本物の炎に立ち向かう時に歌われたということ。

普通逆です。

ミュージカルの世界、つまり創作の物語では非現実的なとんでもないことが起きていて、それに対抗するために派手な例えを使った劇中歌を役者たちが歌う。

現実では、物語の中の出来事ほどの事件は起きていないが、類似した心境や状況下におかれた自分の気持ちを鼓舞するために劇中歌を歌ったり聞いたりする。

大変さや深刻さは、物語の世界の出来事>現実世界の出来事となるのが普通。

 

9.11の場合、逆でした。確かに主人公パーシーたちにとって激しい革命が起きている外国に向かうことは勇気のあることでしょうが、いくら消防士といえど目の前で今まさに燃え盛る炎の中に飛び込んでいくことのほうがよっぽどシリアス。

空想の物語と現実の事件をごっちゃにしたいわけではないのです。

ただ、「非日常の究極」ともいえるミュージカルというエンタメの中で起きる事件さえ超える現実世界の出来事に対して、ミュージカルの劇中歌を使って立ち向かうということが本当にあり得るのだと、ただただ驚いた。

 

ミュージカルはもはや”非日常”とは言えないのかも?

ミュージカルがよくわからない、あまり積極的に見たいと思わない人は言います。

「ミュージカルって突然歌いだしたり、非日常的でどこか滑稽だ」

 

今回の香港デモでの「民衆の歌」や9.11の「炎の中へ」のことを考えると、もはやミュージカルというエンタメは現実世界から隔離され、バッサリと切り離されたものではないのかも、と思いました。

(もちろん、日常生活の疲れを癒したり発散したりするという意味での”非日常”という要素はありますが)

 

そもそも有名ミュージカル作品は人類が実際に歩んできた残酷でリアルな歴史が題材となっていることが多い。

ですから、現実世界と切り離されたものではないのは至極当たり前でしょ?という考えも頭の片隅にはあります。

しかし、「ミュージカルの世界で起きていることは自分が生きている日常とは関係ないんだ。だからこそ楽しめるのだ」と思いこんでいたのだとハっとしました。

だから人間はどう生きていくべきだ、どう暮らすべきだ、なんて主張があるわけではないです。

ただただ、役者たちが歌い踊るミュージカルという虚構の世界を超えてくる現実は間違いなく存在するのだと思い知ったのでした。

 

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