観劇ハウツー よもやま話

舞台やミュージカルの「ダブルキャスト」とは │観劇ファンの自分が感じる違和感

2020年1月16日

 

同じ衣装、同じヘアメイク・・・!

 

舞台の世界で映画・ドラマと最も異なる点は、ダブルキャストという制度かもしれません。

本記事ではそんなダブルキャストの実態と、筆者が感じるダブルキャストの違和感を書いています。

 

「ダブルキャスト」の意味と実態

「ダブルキャスト」とは1つの役に2人の役者をつけ、公演ごとに交代しながら上演することです。例えば全60公演の場合は、ダブルキャストのうちの一人の役者は半分の約30公演ほどに参加することになります。

一人の役者が作品の中で二人を演じる「一人二役」とは全くの別物です。

 

ちなみに役者の人数によって変わる呼び方はこんな感じ。

参考

・1人:シングルキャスト
・2人:ダブルキャスト
・3人:トリプルキャスト
・4人:クアドラプルキャスト ※レア
・5人:クインタプルキャスト ※激レア

 

HARI
クインタプルキャストはさすがに観たことないかな・・・というか初めて名称知りました

 

実態

東宝やホリプロなどが主催する大劇場でのグランドミュージカルは、近年はかなり多くの作品がダブルキャスト制度を取り入れています。

一昔前は小劇場=シングルキャストというイメージを持っている人も多かったようですが、最近は公演の規模に関わらずダブルキャストの作品の割合が増えています。逆に、ここ数年で人気が白熱している2.5次元の舞台作品では、まだそこまで多くはないかな、という肌感覚です。

 

また、ダブルキャスト制度を取り入れている公演では、全ての役がダブルキャストというわけではありません。主役だけがダブルキャストだったり、メインの数人だったり。ダブルキャストの人数の割合は様々です。

逆に、主役だけを一人の役者にして、残りのメインキャストを全員ダブルキャストにするチーム制のような形態をとる公演もあります。

 

HARI
実際の公演を例にしてみましょう

 

例①『レ・ミゼラブル』

 

『ノートルダムの鐘』の著者でもあるフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーによって執筆された長編小説をミュージカル化した作品。歴史・人気ともにミュージカルの金字塔にふさわしい公演です。

メインの役は9役いて、それぞれに3人以上の役者がついています。以下の表は 2019年公演の例です。

 

役名 役者の人数
ジャン・バルジャン 3人
ジャベール 3人
ファンテーヌ 3人
エポニーヌ 3人
コゼット 3人
マリウス 3人
アンジョルラス 3人
テナルディエ 4人
マダム・テナルディエ 3人

 

『レ・ミゼラブル』は公演期間も劇場のキャパシティもとにかく大規模なので、役者の数もこの通り大人数。

 

1つの役に何人ものキャストがいます

 

HARI
初めてレミゼを観劇しようとした時に「こんなに役者さんがいるの!?」と驚きました

 

 

例②『ジャージー・ボーイズ』

 

役名 役者(チーム別)
役者の人数
TEAM WHITE TEAM BLUE
フランキー・ヴァリ 中川晃教 中川晃教 1人
トミー 中河内雅貴  伊礼彼方 2人
ボブ 海宝直人 矢崎広 2人
ニック 福井晶一 Spi 2人

※赤字:シングルキャスト
※青字:ダブルキャスト

 

このように、主演以外のメイン役をダブルキャストにするパターンもあります。『ジャージー・ボーイズ』という公演では、主演のフランキー・ヴァリ役以外のメイン役が2つのチームに分かれて、交互に上演していました。

 

HARI
つまり、ダブルキャスト=主役というわけではないということ!

 



ダブルキャストをたてる理由

それでは、ダブルキャスト制度を取り入れる理由についてみていきます。主な理由はこの4つです。

①ロングラン上演するため
②キャストが降板しても対応できる
③宣伝効果になる
④リピーターが増える

 

①ロングラン上演するため

規模が大きい公演ともなると、上演期間は数か月にもわたります。当然公演数は何十・何百となるので、一役一人の役者で乗り切るのは体力的にも精神的にもハード過ぎます。

先ほど例に挙げた『レ・ミゼラブル』は全国を巡るので約6か月間上演します。長い!

 

HARI
毎日全力投球したらさすがにプロでも喉が枯れちゃうかも

 

また、人気のある役者であれば何か月間もスケジュールを一つの公演に集中することは、他の仕事との兼ね合い上なかなか難しいという事情もあります。

 

②キャストが降板しても対応できる

急病や事故などでキャストが舞台に上がれなくことも、残念ですが稀に発生します。降板が決まってから代役を立てるとなると、代役の人の負担はものすごいですからね・・・

役者内でインフルエンザが蔓延して役者さんが次から次へとお休みすることも過去にありました。

 

③宣伝効果になる

役者の数が増えると、その作品を注目する人も増えます。他にも、例えば全くタイプの異なる役者さん二人をダブルキャストにすることで話題性を呼ぶこともあります。

 

HARI
役者が多ければ多いほど、幅広い客層にリーチできます!

 

④リピーターが増える

ミュージカルファンは、一般的に1つの作品の何度も観劇する人の割合が非常に多いです。その大きな理由は、ダブルキャスト分も含めてできるだけ多くのキャストで作品を観たいから。

ダブルキャストの人数が多いほど、より多くの回数観る必要があります。

 

 

1つの役を複数人の役者が演じる面白さ

ダブルキャスト制度は主催サイドからは公演の千秋楽まで完遂することと、収益を伸ばすことの2つの観点があることがわかりました。一方で観客サイドからのダブルキャストの魅力は一体なんでしょう?

それは、なんといってもやはりキャストによって異なる面白さがあるからです。

 

違うキャストといえど役は同じなので、基本的にはどちらのキャストで作品を観劇しても役の印象が大きく変わらないように作られています。とはいえ、やはり役者ごとの持ち味や魅力は千差万別。同じ役でもそれぞれに違い魅力があるのです!

キャストを変えて観劇することで新たな発見があったり、考察が生まれたり。これもミュージカルの醍醐味の一つです。

 

ダブルキャストのデメリット

メリットもあればデメリットもある。観客にとってのダブルキャストのデメリットですが、実際のところはほとんどないです。

強いて言うなら観劇の日程調整が難しいことくらいですかね。特に遠征する人にとっては、観たい組み合わせの回が2日置きとかだと大変ですよね。

 

他には、全キャスト制覇するための複数枚チケットを確保しなければならないとか、DVD化されたら2枚分買わないといけないだとか・・・まあ、嬉しい悲鳴というやつです!

 

一方で主催サイドは収益が上がること以外は負担のほうが圧倒的に多いのでは、と考えています。同じ衣装を2部作製しなければならないですし、メイクパターンも変わります。

それだけでなく、稽古時間も大幅に膨らむでしょうし、単純にマネジメントがハードになることは想像に容易です。

 

逆に考えれば、ダブルキャストにしないとチケットが完売しない作品が実はかなり多いというシビアな事情かもしれません。

 

ダブルキャストによる妙な違和感

ミュージカルばかり見ていると一つの役を複数の役者が演じることに対して何の疑問も感じなくなりますが、冷静に考えてみるとかなり奇妙な仕組みだと思います。

この違和感は、ほぼ同じメイクや衣装の役者が二人いるという単純なことではありません。

 

役は一人なのに何故二人の役者が演じるのか。キャラクターとしての輪郭がボヤけてしまって、人物としてイメージが定まらない居心地の悪さみたいなものを感じることがある。

 

そこで考えた。

ダブルキャストに慣れた観劇ファンには、ダブルキャストを通したキャラクター像の構築が2パターンあるのではないかと。

 

①1つの役のイメージは二人の役者を合体させた人物として捉える
②同じ1つの役と言えど演じる役者によって”別物”と捉える

 

例えばAさんとBさんという役者が太郎という1つの役のダブルキャストを演じるとします。

 

①のパターンの観劇ファンは、AさんBさんそれぞれから受けた太郎の人物像や性質を合体させて、太郎という1つの役のイメージを固める。

Aさんが演じる力強い太郎とBさんが演じる心優しい太郎を頭の中で合体させて「太郎像」をつくりあげる

 

 

一方で②のパターンの観劇ファンは、Aさんが演じる太郎はこういう人、Bさんが演じる太郎はああいう人、というように同じ役であっても演じる役者によって別物として考える。

役としては同じだけど、Aさんが演じる力強い太郎とBさんが演じる心優しい太郎は別物のように捉える

 

ダブルキャストといえば①のほうだと考えるのが普通ですよね。でも観劇ファンの中には②の人のほうがむしろ多いんじゃないかという感覚があります。ここが面白いところだと思う!

 

本来、登場人物としての人物像はたった1つであるはずなのに、”別人”とまでは言わないものの”別物”という前提でダブルキャストを楽しむ人もたくさんいます。

というか筆者もそのタイプです。ダブルキャストの個性や持ち味が爆発している作品は観るたびに発見があって面白い。

 

でもそれってダブルキャストという制度の当初の狙いとは真逆だよなあ・・・と、時々不思議な気持ちになります。

 



ライバル同士?激烈に比較されることも

ミュージカルや舞台に詳しくない知人からたまに言われるのは「絶対ダブルキャストって仲悪いでしょ。ライバルだもんね?」ということ。

仲が悪いかどうかは当人たちでなければわからないですが、徹底的に比較されることは間違いありません。

 

「あの人はこういう良さがあって、もう一人はああいう良さがあって・・・」という、どちらも良かったという前提の比較ならまだ安心ですが、優劣を比べるような比較も当然されてしまいます。

一方のキャストだけが有名な賞を受賞するなんて残酷なこともありますからね。

 

HARI
「この人があの人とダブルはさすがに可哀そうでしょ...」っていうキャスティングも実は結構ある

 

(「20年のキャリアの中で、一番しんどいって思ったことは何ですか?」という質問に対して)

デビュー後、2度目となる舞台『モーツァルト!』の時ですね。主役で、中川晃教君とダブルキャスト。僕はまず、モーツァルトの気持ちがつかめなくてどう演じていいか分からない。一方、中川君はモーツァルトそのものを生き生きと演じていて歌も素晴らしい。公演中は中川君ともそこまでは仲が深まらなかったのですが、終わってからはすっかり仲良くなりました。

(井上芳雄)

実はダブルキャストで同じ役を一緒に作っていこうという気持ちになるのは簡単ではないんですが、僕が恵まれていたのは、最初のダブルキャストが井上芳雄だったこと。あのときヨッシーは僕よりもミュージカルシーンの少し先輩で、彼も自覚を持ち始めていたからお互いに殺し合うのでなく、生かし合いながら作っていけた。

(中川晃教)

 

東宝ミュージカルが好きな人に「名ダブルキャストは?」と聞くと、『モーツァルト!』主演の井上芳雄さんと中川晃教さんのお二人をイメージする人がなかなか多いんじゃないかなと思います。

彼らのコメントを読んでわかる通り、ダブルキャストはライバルと言っても切磋琢磨しあう良きライバルなのでしょう!

 

 

ダブルキャスト制は観劇人口を増やす?減らす?

一昔前と比べると、最近は本当にダブルキャスト以上の作品が増えたなという印象があります。

この風潮に対してどう思うかは観劇ファンによって千差万別だと思いますが、ダブルキャストorシングルキャストでは観劇人口という観点でしばしば議論されてきました。

 

Wikipediaの「ミュージカル」という項目に、このような文章があります。

日本では1つの役にダブルキャスト・トリプルキャストで様々な役者で複数のパターンで見られるメリットが有る反面、俳優人件費と衣装もダブル・トリプル必要で入場料に跳ね返っているために、少ない観劇人口を入り口で締め出していて利益を出すショー・ビジネスに程遠い状況になっている。

(Wikipedia)

 

ダブルキャスト制が観劇人口を減らす原因の一つとなっているということ。妙に説得力のある主張です。

 

HARI
まあWikipediaは一般ユーザーが自由に編集できるので誰が書いたかわからないけどね!

 

しかし筆者としてはむしろダブルキャスト制こそ観劇人口を増やす鍵だと考えています。

 

主演級のダブルキャストの場合は実力・人気ともにハイレベルな役者が割り当てられますが、準主役級の役には舞台初挑戦のルーキーや業界入りして間もない若手俳優が抜擢されることも多々あります。

これってミュージカル界が盛り上がる物凄い上手いやり方だと思うんですよ。

 

HARI
ひとつ例を挙げます

 

例えば舞台の世界の実力派Aさんと、Aさんに似たタイプの伸びしろのある若手俳優Bさんがいたとしましょう。

 

シングルキャストで仮にBさんが抜擢されたとします。すると、こういう時に「なんでこんな大事な役にBさんみたいな人が抜擢されるのよ!Aさんとかもっと適任がいるじゃない」と文句を言う人が必ずいるんですよね。

 

でもこの役がダブルキャストなら万事解決!

● 経験豊富な実力派キャストで観たい人はAさんの回で観ればいい
● 作品目当てだからキャストは誰でも、という人は好きな回を選べばよい
● BさんのファンはBさんの回で観て思いっきり応援すればよい

 

しかもBさんは稽古期間中はダブルキャストのAさんの技術を盗み放題です。実力がある人と仕事をすると、その人に引っ張り上げられるように急成長すると思うんです。

つまりダブルキャスト制は、既存の舞台ファンを離さずに、舞台の世界に新たな役者を集め・育てる良質な制度なのです。

 

Bさん目当てのファンもチケットを買うことになるので、チケット売上も増加するし観劇人口も増える。こんなにいいことないでしょ、と素人ながらに感心してしまう良制度だと思います。

 

でも実際問題、ダブルキャストになればなるほどコスト高になるのは事実でしょうね・・・。そのせいでチケット代が高くなっているかどうかはわかりませんが、筆者としてはチケットの高さが観劇の障壁のクリティカルな原因になっているとはあまり思いません。

だって3,000円~5,000円くらいのそこまで高額ではない座席だってあるじゃないですか。仮にC席・B席・A席は速攻完売するのにS席だけ大量に売れ残るということであれば、確かにチケット代がネックになっているでしょう。でも実際はそうでもないですよね。

 

だから、ダブルキャスト=コスト高=チケット代の高価格化=観劇人口の減少、というロジックにはちょっと違和感があります。もちろん素人にはわからない業界の事業もあるんだろうけど。

もし本当にダブルキャストという面白い仕組みのせいで自ら首を絞めていることが実態なのであれば、いち観劇ファンとしては哀しい限りです。

 

シングルキャストだって面白い

ダブルキャストの良さを書いてきましたが、もちろんシングルキャストにはシングルキャストの良さがあります!

 

ダブルキャストやトリプルキャストは、いろんな組み合わせで見られるのが面白いんですが、シングルの方が確実に、ギュッとまとまった芝居になるんです。ずっと同じメンバーだからこそ、毎回違うテンションの芝居が生まれてくるだろうし、芝居がどんどん凝縮されていくからこそ、何回観ても違う感触の舞台ができるのが魅力だと思います。

(城田優)

 

例えば公演期間が1か月で全40公演の作品で、トリプルキャストの役があったとします。単純計算で3分割すると、その役は一人13回ほどしか参加できません。

13回という数字が多いか少ないかは別として、逆にシングルキャストの場合は3倍もの公演数をこなす訳ですから、熟成度は全く変わってくるはず。

 

短期間の公演であっても、公演を重ねるたびに猛スピードで密度があがっていく魅力があります。

 

まとめ

舞台の世界のダブルキャストという独特な制度について書いてきました。

「ダブルキャストって何?主役は一人でよくない?」と、ダブルキャストの仕組みに疑問を抱いている人も、良質なダブルキャストに出会えれば価値観が変わるはずです。

 

ざっくりまとめると、ダブルキャストとは・・・

● 舞台やミュージカルの特有の上手い仕組み
● 宣伝効果やリピーター増加効果がある
● 制作のコスト増になるというデメリットも
● 他ジャンルのタレントの舞台進出を促進する(かも?)

 

HARI
賛否はありますが、舞台の世界の面白さや醍醐味を感じる制度だと思います!

 

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