ミュージカルでよく目にする用語の1つに「オーバーチュア」というものがあります。辞書的な意味はこんな感じ。
オペラやミュージカルなどで本編が始まる前に演奏される器楽曲。 ミュージカル作品おいては客電が落ちたあと約2分間ほど演奏される序曲。作品を構成する代表曲や印象的なシーンのメロディがメドレー形式で演奏されます。
これだけ見ると「あー、前奏ね」と思ってしまいがちですが、機械的に流れるただの前奏ではありません。
ミュージカルファンの魂を揺さぶり物語の世界に誘う、陶酔の世界への扉なのです!!
もくじ
オーバーチュアの魅力
オーバーチュアの魅力は、初めて観劇する作品か、または2回目以降のリピート観劇作品かによって大きく異なります。
【初観劇の作品の場合】物語の世界への乗車メロディ
初めて観る作品の場合は当然ですが作品の全容はわかりません。動画を見たり原作を読んだりして作品の雰囲気をざっくりと把握することはできますが、やはり生の舞台で観なければ伝わらないこともたくさんある。
オーバーチュアとは「この作品はこんな世界観だよ!中身はこの後じっくりたっぷり味わってね!」という歓迎のメッセージでもあると思うのです。
初めて乗る路線の列車みたいなものなんです。
この列車は●●渓谷を通過して●●海岸の美しさを堪能出来て、長いトンネルを抜けると最後に見える絶景とは・・・!
と、頭の中では大体のルートの予想はなんとなくついています。でも実際に自分の目で見て感じて初めて実感する美しさや感動がありますよね。
それを理解しているからこそ「あぁどんな風景が待っているんだろう」と、これから始まる未知の旅への発車メロディに心を弾ませながら乗車する。初めて観る作品でオーバーチュアを聴いていると、なんだかこんな気持ちになるんです。
オーバーチュアはただの前奏ではないし、ギリギリお喋りが許される時間なんかじゃない。さぁようこそ!この3時間じっくり楽しんでね!という音楽で語る情熱的で美しいウェルカムメッセージなのです。
【リピート作品の場合】作品への想いを一気に解放する鍵
オーバーチュアの魅力の真骨頂は2回目以降に観る作品です。
その作品の中で自分が心揺さぶられた名場面や作品への想いがブワッ!!と一気に湧き上がってきます。大好きな作品だとオーバーチュア聴いただけで涙が出そうになる。もうたまらんのです。
オーバーチュアで既にハンカチが顔のあたりにいっちゃってる観客を見かけても引かないであげてくださいね。パブロフの犬状態なんです。
「このメロディで主人公が勇ましく登場して・・・」
「あぁコレは彼女が死ぬシーン・・・もう泣きそう」
「決戦のあの場面!ああ~早く観たいィ!」
「ついに幕があがる・・・!」
とまあこんな感じで、平静を装って舞台を見つめる観客の心と頭の中は実はすでにお祭り騒ぎ。走馬灯の如く、作品の名場面が頭の中を猛スピードで駆け巡っていきます。
大好きな作品でオーバーチュアを聴くと本当に感激してしまう。もはや本編より感動してるかも。なんだろう一体、このオーバーチュアの魔力って。ただの序曲なんてものでは絶対にないんですよね。
筆者が選ぶ!名オーバーチュア
『レ・ミゼラブル』
日本では30年以上上演されているミュージカルの金字塔。19世紀のフランスが舞台です。
何度も観劇したことのある『レ・ミゼラブル』にも有名なオーバーチュアがありますが、何度聴いても「あぁ、レミゼが始まる・・・!」と心が躍ります。
ダッダーン!!ダッダダー♪ジャジャジャジャジャジャーン!
・・・文字に起こすとなんだか馬鹿っぽいですね。書いてて悲しくなりました。なんにせよ聴いたことない人はぜひ聞いてみて欲しいです。こんなアホっぽい曲じゃないので。
ジャン・バルジャンと囚人たちが荒波の中、必死に船を漕いでいる状況が浮かびますよね。19世紀初頭の人々が貧しいながらも崇高な魂で生き抜いていたことを直感的に訴えてくるようなドラマティックなメロディ!
観劇前に何をしていようが、このオーバーチュアが始まった瞬間に心も体も一気にレミゼの世界に誘われます。背筋がピンとしてしまう。
レミゼの音源はこの10周年記念盤が一番好き。歌唱力・迫力・臨場感、全てにおいて最高峰だと思います。
『ブロードウェイと銃弾』
2018年に日本初演された『ブロードウェイと銃弾』という作品。城田優と浦井健治のダブル主演で上演されました。タイトルの通り、ブロードウェイの役者たちとギャングの面白おかしくも運命的な出会いを描いた物語です。
めちゃくちゃ有名な作品かと言われればそうでもないかもしれませんが、この作品のオーバーチュアが大好き。
脳裏に浮かぶブロードウェイの煌びやかなネオン、ハットから覗かせるギャングたちのギラギラした獰猛でクールな目つき、華麗に踊るショーガールたち・・・
オーバーチュアの最後には城田優演じる主人の一人、ギャングのチーチが登場し、マシンガンで巨大スクリーンに「Bullets over Broadway」という原題を銃跡で刻んでいきます。最高にオシャレで粋なオープニング!
作品の面白さや華さやかさが劇場中に一気にパーッ!と広がるような、アメリカらしい陽気なメロディなんですよね。まさにエンターテインメント作品の幕開けに相応しいゴージャスなオーバーチュアです。
夜の有楽町~銀座あたりをこのオーバーチュアを聴きながら歩くとヤバいですよ。めちゃくちゃテンションあがります。
『ブロードウェイと銃弾』はオーバーチュアはもちろん、タップダンスシーンで有名なTain't Nobody's Biz-ness If I Doもカッコよくて大好き。再演してほしいなぁ。
『ダンス・オブ・ヴァンパイア』
2006年から日本で上演されているウィーンミュージカル。ヴァンパイア退治を描いた作品で、一見恐ろしいゴシックホラーのように見えますが実はかなりのコメディ。
この作品のオーバーチュアを聴くと、心はもう一気に極寒のトランシルヴァニアへトリップしてしまう。
さあ我らが伯爵様のお出ましだぁああ!と言わんばかりの恐ろしくも美しいヴァンパイアの強大な存在を思い知らせるような圧倒的で甘美な音楽。かと思いきや、次の瞬間にはこの作品のゴシックなコメディ要素を彷彿とさせるようなシニカルでダンサブルなメロディに様変わり。
この作品ってオーバーチュアもそうなんですけど、全編にわたってとにかく高揚感が凄まじいんですよね。
あぁ、吹雪の中で目を細ほそめながら必死に教授を探すアルフレートの姿が目に浮かぶ・・・と思っているといつの間にか本当にアルフレートが現れています。本編への繋ぎ方が自然であるところもお気に入りポイントです。
Amazonで視聴できます。もうホントに素晴らしいオーバーチュアだから知らない人はぜひ一度聞いてみてほしい!ただ、東宝さんが日本語版の音源を出しているので日本人キャストがいい人はそちらをチェックしてみてください。
オーバーチュアがない作品もある
全てのミュージカルにオーバーチュアがあるわけでもないのです。
例えば『エリザベート』にはオーバーチュアはありません。ぬ~~っ・・・と始まります。
ただやはり筆者としてはオーバーチュアがあったほうが好きかなあ。さぁミュージカルが始まるぞ!って心が高鳴るんですよね。
まとめると・・・
● オーバーチュアは単なる序曲ではない
● 日常から舞台の世界へ切り替える魔力を秘めた音楽
● 短いながらも作品の魅力・神髄を詰め込んだ構成
● オーバーチュアがない作品もある
やはり最も言いたいことはオーバーチュアはただの序曲・前座ではない!ということ。その作品の魅力をたったの数分間でこれでもかと言うほど詰め込んだ師玉の構成なのです。
今まであまり意識して聴いていなかった人や、ミュージカルに鳴れていない人も「あ~早く本編始まらないかなぁ」なんて思わずに、ぜひぜひオーバーチュアに耳を傾けてみてください!